2011年8月22日月曜日

2011年7月30日~8月4日 広島旅行記(1)

スペインの地ビール、エストレージャ・ガリシア。かきとたまねぎのキッシュ。から付きかきのオーブン焼き4種。

広島駅から徒歩5分ほどの川沿いにある牡蠣料理屋「牡蠣亭」でぜいたくな夕食を楽しみつつ、私は心地よい充実感に包まれていた。

国内旅行も捨てたもんじゃないな。それどころか最高だ。グラスに残されたビールの最後の一口を喉に流し込む。

若いうちは、海外を旅するべきだ。国内旅行なんて、歳をとってからでいい。そう思っていた時期が、私にもありました。

でも、広島に行ってみたいという思いが数年前から徐々に大きくなってきていて、無視できなくなっていた。戦争のこと、アメリカが私たちの国に原子爆弾を落としたことを多少なりとも思い起こさざるを得ない夏が来る度に、一度も原爆投下の現場となった街に足を踏み入れたことがないというのが心残りで、負い目ですらあった。一人の日本人として、どうしても行っておきたかったのだ。



7月30日、土曜日。

10:17品川発、14:06広島着の新幹線。

Charles Bukowskiの"Ham on Rye"をKindleで読む。アメリカ人著者による、少年・青年期の自伝的小説なのだが、すこぶる面白い。

この本で描かれている著者は、アメリカ型非リア充の一種だ。主人公はケンカが強く、荒々しい生活を送っている。こう書くと人気者のガキ大将のようだが、友達がいなくて、貧しくて、女性にもてず、親からは暴力を振るわれる。

でも、決して悲劇仕立てではない。息苦しく、痛々しいが、ひたすら痛快で笑える傑作だ。

アメリカン・ドリームを手に入れた一握りの成功者たちの陰には、それとは比べ物にならないくらい多くの落ちこぼれがいるんだろう。

アメリカ的ポジティブ思考がもてはやされる陰には、どうしようもなくネガティブな現実が立ちはだかっているんだろう。

起業家やスターたち、ポジティブ思考だけでアメリカが成り立っているわけではないという当たり前のことに気付かされた。

私は7歳から12歳までニュージーランドで現地の学校に通っていたので、"Ham on Rye"で描かれる学校生活や教師、ガキたちの様子を頭に思い浮かべながら読むことが出来た。まあ国も時代も異なるので何となくの類推ではある。でも、それも面白く感じた一因かもしれない。

時代は違えど同じアメリカの話である『ザッポス伝説』(トニー・シェイ)で読んだ爽やかな成功物語を思い出し、あまりの格差に笑えてくるくらいだった。映画『ソーシャル・ネットワーク』を観ているだけでは、成功者たちによる自己啓発書を読んでいるだけでは分からないアメリカとアメリカ人が、"Ham on Rye"では描かれている。

『くそったれ!少年時代』という題名で日本語訳が出ているので、是非、読んでみてほしい。この本を読んで何も感じるところがない奴とは、お友達にはなれないような気がする。

もっとも、この本を読み終えたのは広島から帰ってきた後だ。

それにしても、新幹線というのは快適な乗り物だ。飛行機のエコノミー・クラスもせめて新幹線くらい快適であればいいのに。飛行機の窮屈な空間の不快さに拍車をかけるのがあの機内食っていう忌々しい餌だ。臭いを嗅いだだけで胸やけがしそうだ。大多数の乗客が、あれを受け取って平然と食べることができるのは理解しがたい。あれをうまそうに食ってるのと同じ口で地上のレストランが出す料理を批評しないでくれよ。

飛行機で思い出したけど、最近仕事でアメリカ人と電話で話していて「仕事で出張するのは好きか?」と聞かれたので「出張は好きだけど、飛行機があまり好きじゃない」と言ったら相手が"We're on the same boat"と言って、飛行機の話でその表現が出てくるのが何だかおかしかった。「俺も同じだよ」という意味なんだけど、直訳すると「俺も同じ船に乗ってるよ」になるからね。



4時間近く乗っていたはずなのに、あっという間に広島。

来たかった土地に初めて足を踏み入れたときの高揚感は、何とも言えないものがある。それは国内旅行でも一緒なんだな。まだ駅からも出ていないのに、嬉しさでいっぱいになる。既に達成感を味わっている。

まずはホテルに行ってこの荷物から自由になりたい。余計なものは持ってきていないつもりだが、広島に5泊、そしてその後香川の祖母の家に3泊するので、最低限の洋服だけでもそれなりに重い。

そういやホテルの場所を控えてなかった。iPhoneがあるからこういうときにまったく慌てることはなくなった。ただ、ウェブを操作するときの反応の鈍さには心底いらつかされる。Twitterをやってても読み込みは遅いわしょっちゅう落ちるわで、iPhoneを布団(壁に投げつけると壊れるのが怖いので)に投げつけたことは一度や二度ではない。

地図を頻繁に見ているにも関わらず何度か逆方向に進むという天性の方向音痴ぶりを発揮するものの、無事「ホテル28広島」に到着。「28」は「にじゅうはち」ではなく「トエニーエイト」と読むらしい。そういや今気付いたけど、28歳最後の旅だった。

よく調べずに予約したのだが、周りはもろに風俗街である。そして二件隣に銭湯があるのだが、ヤクザがよく利用しに来ると出発数日前にネットで読んだ。

なぜこのホテルにしたかというと、三泊で10400円と破格な上にネットでの評判がよかったからだ。入ってみるとまさに寝るだけの部屋という感じで、トイレもシャワーもない(共用)。喫煙室なので、タバコ臭い。壁が薄いらしく、近くの部屋の音がよく聞こえてくる。これはネットの評価で読んだ通りだ。でも、冷房はよく効くし、荷物置き場そして寝床として最低限の環境は整っていそうだ。

受付の人の感じがよかった。ロビーにヤクザはたむろしておらず、ひとまず安心した。なぜそんなことを気にしていたかというと、『日本一のクレーマー地帯で働く日本一の支配人』(三輪康子)という本を旅行のすぐ前に読んで少しビビっていたのだ。新宿歌舞伎町の東横インの支配人によるヤクザとの奮闘記なのだが、ロビーでヤクザ集団が一人の客を取り囲みカツアゲするなど、にわかに信じがたい光景が描写されていた。

時間を見ると3時過ぎ。考えてみたらチェックイン時間は4時なのだが、普通に入れてもらえた。

広島ビッグアーチへの行き方をiPhoneで調べる。サンフレッチェ広島のウェブ・サイトによると広島駅からは3通りの行き方があるが、どうやら横川駅というところを経由した方法が安くて簡単そうだ。

5時くらいまで休んで、この近くで飯を食ってからスタジアムに向かうことにした。


お好み焼き屋さんは商店街にも何軒かあったけど、(実際にフランチャイズ展開してるかは別として)チェーン店ぽいというか、誰でも気軽に入れるような雰囲気を醸し出している。変な話だが、もう少しこじんまりした、入りづらい店で食べたい。なぜなら飲食店はチェーン店より個人がやってる小さな店の方がうまいに決まっているからだ。数分にある「へんくつや」という店が比較的リアルそうなので入ることにした。


5時過ぎだったので開いているという確信も持てず、のれんの前でちょっと躊躇したが、中を覗くと客がいるし、「らっしゃい」と聞こえたので意を決して入店。

標準的なお好み焼きは750円で何種類かあったが、1050円のそばスペシャルというのを頼んだ。目の前の鉄板で店員さんが作ってくれる。


おいしいことはおいしいけど、あえてもう一度食べたいとは思わなかった。味が完全に想定内であり(要はソース味なのよ)、仮に普段の生活圏内に店があったとしてもたぶん行かないだろうなと思った。ただ、ビールにはめちゃくちゃ合う。一口食べただけでこらえきれず生中を注文した。

でも、お店の人が目の前で焼いてくれて、鉄板から自分で直接切り取った熱々を口に運ぶのはなかなかいい気分だ。周りの常連さんはいきなりお好み焼きを頼まず、ホルモンとか牛タンとかを注文して鉄板焼きみたいな楽しみ方をしていた。それが通なのかもしれない。いずれにせよ、広島に行くのであれば一度、経験しておく価値はある。

先ほどのお好み焼き屋さんでは店内に野球選手のサイン色紙。お客さんと店員さんも広島カープの話題でもちきり。街にもカープの看板等はあれど、サンフレッチェ広島のはまだ見ない。



広島駅では複数の売り場でカープのグッズが販売されている。売り場は盛況だ。

「よこかわ駅に行きたいのですが」と駅員さんに聞いたら「よこがわ駅ですね」と返され、まるでイタリア料理店で「ピザ」を注文して「ピッツァですね」と修正されたときのような気恥ずかしさを味わう。

スマートフォンをいじりながら歩いている人や、電車内でいじっている人はほとんど見かけないな。以前、iPhone利用者の大半は首都圏に住んでいるという感じの記事を読んだことがある。

横川駅のバス乗り場に行くと、広島ビッグアーチ行きのシャトルバスが出ていた。運転手さんが皆、半袖シャツの上にサンフレッチェのユニフォームを着ていた。

6時40分頃、バスはスタジアム前に到着。試合は7時に始まるので、無駄な待ち時間がなくてよかったと思うと同時に、間に合ってよかったと安心。


席は、事前に和光市のサンクスで買っていた3500円のSA指定席。


いい席に当たってよかった。私が言うサッカー・スタジアムにおける「いい席」とは、ピッチの真ん中になるべく近く、なるべく高い位置にある席である。アイドルのコンサートにおいては、基本的には応援する席=出演者たちがよく見える席=いい席だ。しかしサッカーにおいては、応援する席であるゴール裏はサッカーが一番見えにくい席なのだ。私は、サッカーに関しては応援したり騒いだりすることよりも、試合の展開やプレーを観賞するのが好きだ。

広島のGK西川のキックが正確。しかも左右両脚で蹴っている。広島は有効なサイドチェンジがバシバシ決まって気持ちいい。清水は攻めあぐねている。前線孤立。

佐藤寿人が前線で相手のボールを奪うべく走り回る。

ゴール裏の広島サポーターたちによる「寿人(ひさと)! 寿人(ひさと)!」というチャントが「千聖(ちさと)!」に聞こえる。

2、3列前の子供が着ているレプリカ・ユニフォームの背中に印字されている「HISATO」が「CHISATO」に見えてくる。

そう、岡井千聖のことである。彼女は、ハロー・プロジェクトのグループ「℃-ute」の一員であり、YouTubeに「踊ってみた(本人)」という一連の動画を投稿したことで有名だ。本来は素人がアーティストの踊りを模倣する「踊ってみた」を、模倣される本人がやってしまうというパラダイム・シフトを起こしたのである。

私は元々℃-uteにはほとんど興味がなかったのだが、岡井千聖による「踊ってみた(本人)」を視聴してしまったのをきっかけに、今では℃-uteのアルバム3枚、シングル3枚、コンサートDVD4枚を所有し、毎日メンバーたちのブログを追うようになってしまった。

先日はシングル「桃色スパークリング」発売記念イベントに参加する機会に恵まれた。自分と同じ人間というのが信じがたい。それが彼女たちを間近で見て、握手をさせてもらって頭に浮かんだ嘘偽りのない感想だ。それほどまでに、℃-uteの5人が放つ可愛さと輝きは圧倒的であった。それでこそ、アイドルだ。

「会いに行けるアイドル」というのは撞着話法だ。アイドルに必要なのは身近さではなく、近寄りがたさなのだ。ファンを邪険に扱えとかむやみに突き放せという意味ではない。一般世界では考えられないくらいの圧倒的な高嶺の花であるからこそアイドルだと言いたいのだ。

私にとってアイドルのコンサートやイベントに参加するのは、スィク教徒がアムリトサル(インド)の黄金寺院に巡礼するような神聖な行為なのであって、気軽に誰かに「会いに行く」というありふれた日常の一コマではない。

もちろん「私は違う」という人はいるだろう。それは尊重する。でも私にとって「会いに行けるアイドル」とは「誰でも買える高級ブランド」「どこでも手に入る特産品」くらいに矛盾しているのだ。


清水は動きに連動性を欠き、攻めが個人技頼みの単発で淡泊。人数が広島より少ないような錯覚さえ抱かせる。何とか打開しようと個人がもがいているのはよく伝わってきたが、広島の連動的で生き生きとしたサッカーの引き立て役でしかなかった。

広島のサッカーはかっこよすぎる。超爽快。スピード感溢れているし全員が一つになっている感じ。圧倒的に流れは広島。2-0で前半終了。このままでは、どうあがいても清水に勝ち目はない。それくらいに圧倒的だ。清水がどう立て直してくるかと思っていたが、後半も広島の優位は変わらなかった。

清水には高原と小野がいるのだが、広島の組織的な守備の前に沈黙。ナイジェリアで行われた1999年のU-20世界大会で見せたような切れ味を見せることができなかった。あのときのトルシエ率いるU-20日本代表は、観ていて最高に楽しかった。当時私は高校生だったが、大会中は彼らの信じられないような快進撃がサッカー好きの級友たちと私との話題を独占していた。小野に高原だけでなく、稲本、本山、小笠原・・・。すごいチームだった。当時の本山のドリブル突破には恍惚とさせられたものだが、その後フル代表での活躍の機会に恵まれなかったのは残念だ。

広島のサッカーに酔いしれ、ビールでも飲んでいるような気分だった。ビールといえば、私は「よなよなエール」や「TOKYO BLACK」をはじめとするヤッホー・ブルーイング社の製品が大好きだ。あとはシンガポールの「タイガー」や、インドの「キングフィッシャー」や「マハラジャ」、トルコの「エフェス」も好物だ。

主審が試合終了の笛を吹いたときには、4-0になっていた。いいものを見せてもらった。

2得点1アシストを決めた李忠成が試合後、ヒーロー・インタビューに応じた。「夏休みということでたくさんのお客さんが観に来てくれた。初めてサッカーを観た人もいると思いますが、サッカーって面白いでしょう?」

ガキさん(モーニング娘。の新垣里沙)がよくコンサート最後に客席に投げかける「楽しかったひとー」を思い出した。ガキさんの実家は、私の実家に近い。彼女の出身校である橘中学校(地元民は「たっちゅう」と呼ぶ)は、私が子供の頃は大変に治安の悪い中学校として地元で悪名高く、その存在は地元の小学生とその親をして私立学校への進学を目指させる動機の一つになっていた。だが、親に聞いたところによると最近では以前よりマシになってきているらしい。

スタジアムの外では、数百人がバスを待つため列を為している。私は行列が大嫌いなので絶対に並びたくない。他に手段はないか調べていると、どうやら近くに大塚駅というのがあり、そこから広島駅まで行けることが分かった。調べた甲斐あって、列に並ばずに広島駅に戻ることができた。

時間も遅いのでこのままホテルに帰るつもりだったが、広島駅の地下道を歩いていると「平和記念公園(原爆ドーム)」という案内が見えた。(続く)