2012年1月18日水曜日

偉い人、面白い人、正しい人(書き起こし)

※2012年1月14日(土)に慶應義塾大学 古石研究会の合宿で、ゲスト・スピーカーとして話した内容を、記憶を元に、補足しつつ文章にしました。

◆ これから何について、なぜ話すのか?

夕食前に相応しく(注:夕食前の最後の発表だった)、難しい話ではありませんので(笑)、肩の力を抜いて聞いてください。

私からは「偉い人、面白い人、正しい人」という題名でお話をさせていただきます。この題名は、「どのような人が人に影響を与え、人を動かすのか?」という問いに対する、私の答えです。

なぜそんなことをお話ししようと思ったのかを説明するために、コミュニケーションとは何かという話から始めます。

コミュニケーションというと「伝達」という言葉にあるように、自分の言いたいことを相手に伝えることを思い浮かべるかもしれませんが、これでは不十分なのです。

相手に影響を与え、とって欲しい行動をとってもらう。そこまでを達成して、はじめてコミュニケーションが成功したと言えるのです。これは杉田敏さんの『人を動かす!話す技術』(PHP新書)という本に書いてあって、大学時代に読んだのですが、今でも印象に残っています。

みなさんが日頃作成するレポートや論文も、一種のコミュニケーションです。もちろんレポートや論文は、単位をとるために書いていると思います。でも、自分の情熱や時間を注ぐからには、単位取得にとどまらない、何かしらの成果を出せた方がよいのではないでしょうか。それは、相手に読んでもらい、相手に何かの影響を与え、あわよくば行動させるというということです。

つまり、先ほどの問いへの答えを探ることで、みなさんのレポート作成、論文執筆に役立つお話をしたいのです。

ご存じと思いますが、説得の三要素というものがあります。それらはEthos、Pathos、Logosの三つです。それらと完全に合致はしないかもしれませんが、私なりにそれぞれの要素を、人として目指すべき方向性に翻訳すると、「偉い人」、「面白い人」、「正しい人」になるのです。

説得の三要素(アリストテレス) 
方向性
Ethos(権威)
偉い人
Pathos(感情)
面白い人
Logos(論理)
正しい人

それぞれについて、説明していきます。

◆ 「偉い人」にはあやかりたい

なぜ「偉い人」は人を動かすのか。それは、私たちは「偉い人」にあやかりたいからです。

私は会社で働いて7年目ですが、「偉い人」の影響力は痛いほどに感じています。

たとえば、自分がAという部署の担当者(平社員)で、Bという部署に何か仕事の依頼なり問い合わせをしたいとします。

自分から、部署Bの担当者(平社員)に打診すると、「できません」と言われる。もちろん、日頃からやっていることであれば問題ないですが、通常の流れから外れることだと相手は難色を示す。

でも、自分の上司(マネージャー)が、部署Bのマネージャーに同じ依頼や問い合わせを行うと、「できる」ということになる。

あるいは、自分から部署Bのマネージャーに打診すると「できる」と言われる。そのマネージャーは部下に「やれ」と指示して、担当者はやる。

こういうことは、会社にいると周りで日常的に起きています。つまり、同じ発言でも、平社員が言うのと、課長が言うのと、部長が言うのと、社長が言うのでは、意味や効果が、まったく異なるのです。

M君が頷いていますが(笑)。(※M君は卒業生で私と同期だった。今は公務員。)

(M君「これは、よく分かります。しょっちゅうありますね。」)

発言は内容だけが独立して存在しているのではなく、常に、誰が誰に伝えるかと一体なのです。『論より詭弁 反論理的思考のすすめ』(香西秀信、ちくま新書)という本に、そういうことが書いてあります。

なぜ、人は「偉い人」の言うことを聞くのでしょうか。それは、「偉い人」は金、権力、権限、権威と密接につながっているからです。私たちは、彼らにコバンザメのようにくっついて行くことで、その恩恵を受けたいのです。会社であれば出世ですね。上司に気に入られれば、自分も引き上げてもらえる可能性は高まります。

大学の場合だと、「偉い人」は教授ですね(笑)。単位の付与や成績の決定という権力を持っているからこそ、「何文字で、いついつまでにこういうレポートを提出しろ」と指示して、人を従わせることができるのです。

みなさんは、ほとんどの場合、レポートを好きで書いているわけではありませんね。単位をもらうために書いています。もちろん、本当に興味を持って書いている場合もあるでしょう。でも、文字制限や期限は、自分で決めてはいません。

守らなければ単位を落とされる恐れがあるから、みなさんは教授が課した文字制限や期限に従うのです。

ところが、「偉い人」の言うことは、みんなが納得しているとは限らない。みんな「偉い人」を前にすると表向きはペコペコしますが、腹の底では何を考えているか分かりません。本人がいないところでは、悪口を言いまくっているかもしれない。

「偉い人」は、偉さの元になっている金、権力、権限、権威を失えば、一気にそっぽを向かれる恐れがあるのです。「偉い人」の影響力は、その人が偉いという、ただそれだけに依存するのであって、内容が人を動かしているとは限らないからです。

◆ 「面白い人」の言うことは気になる

二つ目の「面白い人」は、なぜ人を動かすのか。それは、「面白い人」の言うことは気になるからです。

たとえば、書店に行って、私たちはどんな本を買うでしょうか。今回の分類に沿って、「偉い人が書いた本」、「面白そうな本」、「正しそうな本」の三種類があったとします。そして、「関心」、「購入」、「最後まで読む」の三段階、行動があるとします。授業の課題で買わなくてはいけないとかではなく、純粋に内発的な動機だと、「面白そうな本」が「最後まで読む」に到達する可能性が一番高いのではないでしょうか? まあ、この表は私の独断と偏見ですが。

 
関心
購入
最後まで読む
偉い人の書いた本
面白そうな本
正しそうな本

「面白さ」というのは、本に限らず、色んなことに広く使われ、私たちが日常生活で重視している尺度です。誰かが映画を観たら、私たちはまず「面白かった?」と聞くのではないでしょうか。普通であれば「有名な監督が撮影したの?」とか「映画のメッセージは正しいか?」よりも、最初は「面白かった?」から入るでしょう。面白くなければ、その先の興味を持たないのです。本であれば、面白そうでなければ、書店で手に取ってもらえません。

パオロ・マッツァリーノさん、この人は日本人なのですが(笑)、ペンネームで活動されています。この方は『つっこみ力』(ちくま新書)という本で、学問における「面白さ」の重要性を説いています。彼によると、「メディア・リテラシー」、「批判」、「論理」は一つの正しさを追い求め、既存の考えを破壊するが、新しい考えは生み出さない。「正しさ」だけでなく「面白さ」が必要なのです。

小泉純一郎氏が当時、支持を得たのは「面白い」からではないでしょうか。「ぶっ潰す」とか「改革」といった言葉には、心が躍るものです。

「面白い人」のいいところは、自発的に「やってみよう」と思ってもらえるかもしれないことです。

しかし、弱点があります。それは、「面白さ」には強制力がないことです。面白いからといって、行動するとは限らない。「面白いね」で終わってしまうかもしれないのです。

◆ 「正しい人」には逆らえない

最後の「正しい人」は、なぜ人を動かすのか。それは、「正しい人」の言うことには逆らえないからです。

たとえば、NHK。「受診料支払いは義務です」、「NHKは皆様からの受信料で支えられています」と言われたら、従わざるを得ません。

私たちが全員、NHKを支えたくて払っているわけではありません。NHKの番組を観ていない人もいます。私も、その一員です。でも、「観ているかどうかに関係なく、義務です」と言われたら、黙ってしまいます。

「正しさ」の例として、法律や規制があります。逆らったら違反者、犯罪者になってしまいますから、守らざるを得ません。

ただ、何かが正しいからといって、私たちは心から同意するとは限りません。たとえば法律や規制を司る部署は、会社では陰口を叩かれやすい。「・・・に違反している。だからダメ」と判定を下されると、真っ向から反論はできませんが、提案者からすれば新しい発想の芽を摘まれていると感じるときもあるわけです。

少し前に話題になった本で、マイケル・サンデルの『これからの「正義」の話をしよう』(【訳】鬼澤忍、ハヤカワ・ノンフィクション文庫)(原書:Michael Sandel, Justice: What's the Right Thing to Do?, Penguin)があります。最近、文庫化されてお求めやすくなっているので、読んでみてはいかがでしょうか。この本でサンデル教授は、「正しさ」を考える補助線といいますか、三つの尺度を提示しました。

一つは、福祉、あるいは富の平等(welfare)。二つ目は、自由の最大化(freedom)。三つ目は、美徳(virtue)。この三種類の正義は、それぞれの世界において、それぞれが正しいのです。しかし、どれを優先するかの価値観が違う人同士では、話は噛み合いません。論理は、価値観を共有してはじめて意味を持つのです。

NHKに話を戻すと、NHKの放送は有益である。現行の集金方式で存続するべきである。そういった前提を持たない人にとっては、「決まりだから」と言われても、気持ちよくお金は払えません。

NHKが何か不祥事を起こしたら、世の中の人はここぞとばかりに攻撃しますよね。それは、NHKのあり方に関する価値観を共有しないまま、日頃から強制的に受信料を払わされることへの不満が鬱積しているから、相手がスキを見せるとそれが爆発するのです。「正しい人」には、潜在的な敵がたくさんいる。そういうリスクがあるのです。

◆ 質疑応答

Q.「偉い人」や「面白い人」の具体例を挙げてください。(学部生)

A.発表の中では「人」という言い方をしましたが、より正確には、「偉さ」「面白さ」「正しさ」と捉えてください。一人の人間にも偉さ、面白さ、正しさがあります。また、必ずしもその人自身の性質とは限りません。たとえば、レポートや論文であれば、独自の切り口から書くことで、面白さを出すことができます。

Q.あなた自身は「偉い人」「面白い人」「正しい人」のどれになりたいですか。どれに当てはまると言われると嬉しいですか。(教授)

A.学生時代は、断然「正しい人」になりたかったですが、今では、「面白い人」になりたい。「正しさ」を追い求めても、つまらないことが分かったからです。

(ここで参加者からコメント)「正しい」だけの人は、周りの人を遠ざけてしまう。(卒業生、公務員)

Q.あなたは学生時代は、「正しさ」を突き詰める人だった。仕事をし始めてから目指す方向が「正しい」から「面白い」に変わったということは、仕事で理不尽を感じることがあったのか?(教授)

A.すべてが理不尽(笑)。論理的ではないことがたくさん起きる。たとえば、その人の仕事の能力と、職位や給料は比例していない。また、正しいことを言うだけでは人は動かない。学生時代は、ロジックがすべてだと思っていたが、それが違うことを思い知らされた。

Q.学問では、「偉さ」「面白さ」「正しさ」のすべてが要求されると思う。どれが一番大事でしょうか?(院生)

A.学問においては、まず一定の「正しさ」、具体的にはロジックを身に付けていないと、土俵には上がれないでしょう。

(コメント)この三分類は面白い。「偉さ」の項目にあった、上司が言うと「できない」が「できる」になるという話は、本当によくある。私が勤務している高校でも、校長先生が言った途端急に物事が進むことがよくある。(卒業生、民間企業勤務後、教師)

Q.なぜこの主題を選んだのですか?(教授)

A.この合宿の主な参加者を学部生を想定し、彼らに役に立つ話をしようと思いました。また、今は分かりませんが、少なくとも私が在籍していた頃には、(SFCでは)文章をまとめることへの教育が決定的に不足していましたので、それを補うような話をしようと思いました。

◆ 議論

レポートや論文を「偉く」するには?
引用、教授のコメント、投稿

レポートや論文を「面白く」するには?
自分の個性、体験、特殊性、事例、表現、タイトル

レポートや論文を「正しく」するには?
アンケート集計、テーマに則している、一貫性、ロジック、論の進め方の作法(「偉さ」にもつながる)

◆ 最後に

私からお話しした内容や、議論した内容を元に、何か一つでもレポートや論文を作る上での行動に移してもらえたなら、私からのこのコミュニケーションは成功したと言えると思います。逆に、これを聞いても何も実行してもらえなかったら、失敗です。ありがとうございました。(拍手)