「乾杯!」
小宮麻子は、か細い腕で生ビールの中ジョッキを掲げた。
残念ながら、グラスをぶつけている相手は男ではない。
大学時代から仲良しの真美、佳子、愛の三人と、数ヶ月ぶりに飲んでいる。
4人とも就職して2年半以上がたつので、会うと仕事の話が多くなる。
早い話が愚痴大会だ。
麻子は、三人のことが羨ましかった。なぜなら彼女たちは自分よりもいい会社にいるし、自分よりも大きな仕事をしているし、おしゃれなオフィス・ビルで働いている。それに詳しい額は聞いていないけれど給料も自分より高いに違いない。話を聞くかぎり、彼女たちの会社には優秀な人や尊敬できる上司がそこら中にいるらしい。ロール・モデルにできる女性社員が何人もいるらしい。
自分の会社はと言えば、まったく自慢できることがない。社内に尊敬できる人なんていない。英語も仕事もできないのに偉そうにしている親父ばっかり。見本になって自分をリードしてくれるような人が一人もいない。将来自分はこの人のようになるんだって思える女性が会社の中にいない。そもそも女性がほとんどいない。社屋はちょっと辺鄙(へんぴ)なところにあって、お昼休みにランチができるお洒落な店なんて周りにない。しかもそのお昼休みが45分しかない。友達の会社のお昼休みはみんな1時間なのに。
麻子は学生時代、アメリカの大学に1年間、留学していた。そこで培った国際感覚や英語コミュニケーション能力を活かして、世界の人々と国際的な仕事をしたいと思って、今の会社に入ってきた。
でも降ってくる仕事は、英語の会議の通訳をしてくれだとか、英語の会議の議事録を作ってくれだとか、このメールを訳してくれだとか、そんなのばっかりで、自分がやりたいこととは違う。やる気なんか出ない。
こんなはずじゃなかった。私は通訳をするためにこの会社に入ったわけじゃない。
そんな愚痴をぶちまけていると、外資系金融機関に勤める佳子が口を挟む。
「えーダメだねその会社。転職すれば? 麻子の力があれば、もっといい会社にいけるって。麻子ならできるよ!」
そう、私にとって今の会社は、本当の居場所ではない。自分の能力を活かせる舞台ではない。
そんな気持ちを後押ししてくれる親友たちとの飲み会は、いつも麻子にとって心地よい時間だ。
転職は当然考えている。自分ならもっといい会社で、尊敬できる同僚に囲まれて、やり甲斐のある仕事を与えられて、もっといい給料をもらえるはず。
私が今の会社にいるのは、なぜ?
毎朝会社に行くと、みんながいるから?
会社が私を必要としているから?
流れで、何となく?
何で私がこんな会社にいなくちゃいけないのか、どう考えても分からない。