2011年3月27日日曜日

俺は負け犬。

こんなはずじゃなかった。

モニターに映し出される不採用通知。

何通目だ? 各社が申し合わせたように似通った言い回しで固められた文面を、もう笑い飛ばすことはできなかった。

ここを落ちたら、持ち駒は一社しか残っていない。俺はどうするんだろうか。

リクナビでボタンを押していけば、エントリーの数はいくらでも増やすことはできる。でも、俺の気力はもう限界だ。正直に言おう。つらい。

この就活(就職活動)というやつを、俺は心から憎んでいる。すべてが、アホくさい。

集団面接で「私の強みはコミュニケーション能力です。大学ではサークルを立ち上げ・・・」と語っていたやつが、面接が終わるなり他の学生と一言も交わさず、そそくさと一人で帰って行った。

「次の面接に関しては来週までに連絡が入ると思います。またお会いしましょう」と一次面接の最後に面接官が言った会社からは、何の連絡も来なかった。後でネット掲示板で知ったのだが、それは遠回しに「お前は落ちたよ」という意味だったらしい。それが「社会人」とやらのやり方なのだろうか。不誠実という言葉しか思い起こせない俺は、社会を知らない甘ちゃんなのだろうか。だとしたらその「社会」とやらの一員じゃなくて、俺は結構だ。

ある巨大メーカーの説明会で、資材部門の社員が仕事を説明するブースに入った。プロジェクターで映し出された「典型的な一週間の過ごし方」というスケジュール表からは、この頭の悪そうなおっさんの、くそつまらなそうな毎日が想像できた。「この仕事をする上で必要な能力を教えてください」という学生の質問に、「体力と気合です!」と声を張り上げたときには、さすがに何かの冗談だろと思った。でもどうやら本気らしいと気付いた俺は、その場で静かに席を立った。他のブースを見るまでもなく、説明会の会場を後にした。

こういったクソみてえな話を思い出す度に、胸がムカムカして、脱力感に襲われる。そんなこといちいち引きずるなよって? 忘れることはできないんだよ。嫌でも俺の頭にこびりついて、離れないんだよ。

あーあ、まじでくだらねーよ。

大体、面接でエラソーに俺を「評価」している会社の人事やら管理職のやつらが、何だっていうんだ。あいつらは、自分たちが今学生に求めている水準を、自分たちが学生のときに満たしていたのだろうか? 面接で学生に問うている質問を、学生のときに答えられたのだろうか?

俺は元から、別にそんなに働きたいわけじゃなかった。説明会や面接を通して、「社会」で「活躍する」先人たちを見ていると、働きたくないという思いは一層強くなっていった。でも、そういうわけにもいかないということは、重々承知していた。

俺は自分で選んで、この就活というゲームに参加している。そうである以上、俺は敗北者だ。その点は素直に認めざるを得ない。

世の中には、複数の企業から内定を易々と獲得しているやつがいる。

一方の俺は、内定どころか、最終面接まで進めたためしもない。自己分析のやり方や、自己PRや志望動機の作り方が書いてあるマニュアル本を読み漁っては、何がいけないのだろうと、答えの出ない問いを自分にぶつけていた。

既に就職先を決めた友人の一人は、「就職活動は本当に有意義だった。色んな会社や業界のことが分かり、さまざまな社会人の方々と接することができて、面白かった」と俺にのたまった。「へえ、すごいね!」と俺は感心して見せたが、「死んで欲しい」の方が本音に近かった。

不採用通知から気をそらすために俺は2ちゃんねるの専用ブラウザを開いた。

就職板でお気に入りの「不採用通知を貼り付けるスレ」や「選考ブッチを報告するスレ」を巡回する。乾いた笑いでも、何でもいい。何かに笑っていないと、壊れそうな心をごまかすことはできない。



父親がスウェットパンツのポケットに両手を突っ込んで、ゆっくりと部屋に入ってきた。

「大変そうだな」

俺は就活で悩むまで、ほとんど父親と腹を割った会話をしたことがなかった。

俺にとって父は、どこか近寄りがたい存在だった。単身赴任で家にいなかった時期も何年かあったし、そうでないときも帰りは遅くて話す時間もなかったし、いつも何だか怖そうだったからだ。

でも、就活をしていて困ったとき、父親以上に貴重な相談相手はいないことに気付いた。

「無理はしなくていいぞ。人生は長い。もしここで思うような結果が出なくても、終わりじゃないんだよ。現役で大学に入って、留年も浪人もせず卒業して、会社に入って、結婚して・・・苦労せずにそんな道を歩む方がつまらないよ」

父親は、大学院への進学のことを言っている。

俺は、就活を始める前は、大学院に進むことも考えていた。でも、それは自分にとっては正解ではないのではないかと思って、就活をすることにした。なぜなら、自分で給料も稼げず、社会に自分の足で立っていないやつが、論文だけ読んで社会を語ることはできないと思ったからだ。でも、就活がこのありさまでは、大学院に進むことをもう一度考えざるを得なくなってきた。

安くないお金がかかるその選択肢を提示してくれる父親の優しさは、心からありがたかった。でも、俺には、どうしても引っかかることがあった。自分で就活をすることを選んだのに、うまくいかないからといって逃げていいのだろうか。せめてどこかの会社から内定をもらった上で、大学院に行くことを決めるのであれば格好はつく。でも、泣かず飛ばすの現状を、そのまま放棄するなんて、何て情けないのだろうか。

俺は何とか言葉を絞り出した。

「ここで止めてたら、負け犬じゃないか・・・」

静かに部屋を出た父は、上着を羽織り、財布や車のカギを入れたポーチを脇に抱えて戻ってきた。

「ファミレスにでも行くか」

時間は夜の11時を回っていた。父は明日も会社がある。



「おタバコはお吸いになりますか?」

俺が大のタバコ嫌いであることをよく知っている父は、「ちょっと吸っていいかな」と申し訳なさそうに断ってから「吸います」とアルバイト店員に告げた。

深夜でも眠そうな素振りを見せず機械的に対応する時給労働者に先導され、クッションにお尻を落ち着かせる。見回すと店内にはヤンキーみたいなカップルが一組いるくらいで、あとは俺と父親だけだ。

「何か食べるか?」

「え、いや、晩ご飯食べたし・・・飲み物だけでいいや」

「お、ハンバーグ。おいしそうだな・・・こんなの食べるからデブるのか」

父は自虐的な笑いを誘い、少しでも俺を元気づけようとしてくれる。でも疲れ切った俺は、ちょっとしか笑うことができなかった。

結局サラダを頼み、二人で分けることにした。

色気のない、うまいともまずいとも言い難いサラダをつまみながら、どうでもいいような話をしばらくした。

あるとき、父は切り出した。

「そう言えばさっき、ちょっと気になることを言ってたな。『俺は負け犬だ』なんて」

「お前は、負け犬なんかじゃない。負け犬というのは、どういう人を指すか分かる? 負け犬というのは、勝負ができないやつのことだ。お前は自分で勝負をして、結果を出したんだよ。勝ちであろうが、負けであろうが、勝負をして結果を出したことには変わりはないんだよ。勝負をする人は、負け犬じゃない。だからお前は、絶対に負け犬じゃないんだよ」

俺は、黙って、うつむいて、唇を噛みしめて、頷くだけで、精いっぱいだった。

「実はお父さんには、今でも後悔していることがある。お母さんと出会う前の話なんだけどね、好きな女性がいたのに、思いを打ち明けられなかったんだ。そんなことが、二度ほどあったかな。その当時のお父さんみたいな人を、負け犬って言うんだよ」

涙が止まらなかった。