タリーズに入った。大体の店が8時には閉まる商店街だが、この喫茶店だけは9時まで開いている。2階で、『被爆証言集 原爆被爆者は訴える』を読んだ。想像を絶する世界が、そこには描かれていた。「この世とは思えない」とはこういうことか。こんな本は読んだ記憶がない。
半分くらい読んだところで、閉店時間が近くなってきたので、店を出た。
こちらで何軒か書店に行ったけど、『テロルのすべて』(樋口毅宏)を見つけることができなかった。広島・長崎の報復のためメリカに原爆を落とすことを夢見る日本人が主人公の小説だ。この旅の前に一度読んであるのだが、広島の土地で読むとまた感じ方が違うのではないかと思っていたが、この旅での再読は叶わなかった。
◆
8月1日(月)
市民センターみたいなので開かれている「原爆と戦争展」というのを見に行った。この展示のことは、街で受け取ったビラで知ったか、会場近辺の張り紙で知ったかのどっちかだったと思う。
部屋に入ってすぐ左側に本を並べて販売してあるので見ようとしたら、「そっちじゃねえよ」と(実際にはもう少していねいな言葉遣いで)逆の方向(逆時計回り)から回るよう指示された。
「過ちは繰り返しません」的な、何かをはぐらかしたような人道主義もどきとは趣が異なり、日米双方の政府を厳しく糾弾する、生々しい、政治的といっていい内容だった。軽い気持ちで入ると引いてしまう感じだった。
当時アメリカ側が被爆者のための治療所みたいなのを設置したが、被爆者を診るだけ診て、ろくに治療をせずにデータだけを集めていたことが写真付きで説明されていた。その情景を少し想像しただけで、胸がむかむかしてきた。
ところどころで福田正義という人の文章が引用されていて、気になる。もっとこの人の文章を読んでみたい。
「どうでしたか?」
展示を大体見終わったところで、私より少し若いくらいの男性が声をかけてきた。
「そうですね、見応えがあって・・・」と言ったきり、うまく言葉を出すことができなかった。胸がいっぱいになっていたからだ。
「今回の展示で特に何が印象に残りましたか?」
「被爆された方の症状の写真ですね。あれはもう・・・」
「広島に来て感じるのは、原爆の体験を街をあげて語り継ごうとしている点ですね。これは本当にすごいと思います」と言うと、「東京でも戦争はあったし、空襲はあったわけですよね」と言われ、ハッとした。そういえばそうだよな。原爆だけが戦争ではない。
思いがけず80歳の男性被爆者の方から一対一でお話を伺うことができた。椅子と机が用意されており、何人かの被爆体験者からお話を聴かせていただけるのだ。一時間くらいだっただろうか。本当に貴重な経験。
正直、お話の内容に、驚きはなかった。『いしぶみ』を読んだし、広島平和記念資料館にも行ったし、『被爆証言集』も半分くらい読んだから、知っていることが多かった。でも、だからといって適当に聞き流すわけにはいかなかった。歴史に残る体験をされた方が、貴重なお時間を、私一人にお話をすることに割いていただいているのだ。録画された動画を見るのとは訳が違う緊張が私を襲う。
被爆者のほとんどは被爆体験を人前に出て話そうとはしないらしい。なぜなら、あまりにつらくて、一生封印しておきたい記憶だからだ。事実、私に体験談を伝えてくださった方もそうだったらしい。しかし、その後自分なりに勉強し、死に絶えていった同世代の人たちのためにも、自分の体験を伝えていかなければと決心されたらしい。数年前からこのような活動をしているとのこと。
つまり、このように被爆体験者からお話を聴ける機会はそもそも稀少なのだ。その上、言うまでもなくご存命の被爆者は、日々減っていく。自分の子供の代は同じ体験をできないと思うと、すべての神経を集中させて聴くことは、私の責任であり、唯一の選択肢だった。
戦争を実際に体験した方から、戦争時のことを聴くのは、もしかすると生まれて初めてだったかもしれない。私の祖父や祖母は戦争を経験した世代だが、戦時中のことは向こうからも、こちらかも話題にしたことはなかった。
今は、母親方の祖母だけが生きているが、別の場所に住んでいて数年に一度しか会わないし、今更になって聞く気にもならない。
2012年7月28日土曜日
2012年7月14日土曜日
2011年7月30日~8月4日 広島旅行記(3)
いよいよこの旅の真打ち。昨晩ちらっとだけ訪れた原爆ドームおよび周囲の関連施設を、じっくりと見に行く。
途中の商店街にパン屋さんのアンデルセン。随分と立派な店構えだ。何でも、ガイド・ブックによるとここが第一号店らしい。広島が発祥とは知らなかった。まあ、後で来るとしよう。
アンデルセンは池袋の店舗にたまに行く。フランス・パンにハムとレタスを挟んだサンドイッチが好きで、たまに買う。ぱかっと開いて中に黒コショウをかけてから食う。食パンも一度買ったことがあるのだが、あまり好みではなかった。食パンに関してはポン・パ・ドールの方が好きだ。
ポン・パ・ドールと言えば子供の頃、チーズ・バタールというダイス・チーズが入ったフランス・パンが大好物で、母親がたまに買ってくると大喜びしていたものだ。ロンドというチョコレートとナッツを練り込んだ菓子パンを買うため会計の列に並んでいたらiPodshuffleから松浦亜弥の「横浜ロンド」という曲(アルバム『Click you Link me』)が流れてきたことがあった。その旨、当時Twitterに投稿したら友人に「痛ツイート」として晒し上げられた。
雨が降ってきた。傘を持っていないので、休憩所に逃げ込む。中は同じ考えの人々で溢れている。自販機で500mlペット・ボトルのミネラル麦茶を買い、一気に飲み干す。いや、厳密には一気に500mlは飲んでいない。何回かに分けて飲んだ。
雨は少し弱くなったが、いつ完全に止むか分からないので、外に出る。
ベンチに腰掛け、原爆ドームをぼーっと眺める。ベンチの上に木がかかっていて、多少は雨をしのげる。何というか、この建物は、眺めているだけで胸がいっぱいになる。
広島平和公園を一通り回ったが、原爆ドームの衝撃に比べてしまえば他は私にとってはおまけのようなもので、概して印象は薄かった。
例外は、広島平和記念資料館。
途中の商店街にパン屋さんのアンデルセン。随分と立派な店構えだ。何でも、ガイド・ブックによるとここが第一号店らしい。広島が発祥とは知らなかった。まあ、後で来るとしよう。
アンデルセンは池袋の店舗にたまに行く。フランス・パンにハムとレタスを挟んだサンドイッチが好きで、たまに買う。ぱかっと開いて中に黒コショウをかけてから食う。食パンも一度買ったことがあるのだが、あまり好みではなかった。食パンに関してはポン・パ・ドールの方が好きだ。
ポン・パ・ドールと言えば子供の頃、チーズ・バタールというダイス・チーズが入ったフランス・パンが大好物で、母親がたまに買ってくると大喜びしていたものだ。ロンドというチョコレートとナッツを練り込んだ菓子パンを買うため会計の列に並んでいたらiPodshuffleから松浦亜弥の「横浜ロンド」という曲(アルバム『Click you Link me』)が流れてきたことがあった。その旨、当時Twitterに投稿したら友人に「痛ツイート」として晒し上げられた。
改めて、原爆ドームを鑑賞する。目の前に、「あの」原爆ドームがある。それが現実であることを確かめるかの如く、色んな角度や距離からシャッターを切り、SDカードに画像データを収める。
雨が降ってきた。傘を持っていないので、休憩所に逃げ込む。中は同じ考えの人々で溢れている。自販機で500mlペット・ボトルのミネラル麦茶を買い、一気に飲み干す。いや、厳密には一気に500mlは飲んでいない。何回かに分けて飲んだ。
雨は少し弱くなったが、いつ完全に止むか分からないので、外に出る。
ベンチに腰掛け、原爆ドームをぼーっと眺める。ベンチの上に木がかかっていて、多少は雨をしのげる。何というか、この建物は、眺めているだけで胸がいっぱいになる。
広島平和公園を一通り回ったが、原爆ドームの衝撃に比べてしまえば他は私にとってはおまけのようなもので、概して印象は薄かった。
例外は、広島平和記念資料館。
2011年10月10日月曜日
2011年7月30日~8月4日 広島旅行記(2)
「これか・・・。」思わず一人、声に出した。
夜の10時を回っているが、照明が照らされ原爆ドームが見える。すぐ側に川があるのだが、ここも爆弾が落ちた当時、全身を火傷した人々が埋め尽くしたのだろうか? そんなことが頭をよぎり、呆然としてしまった。
私は広島に来る直前、予習として『いしぶみ 広島二中一年生全滅の記録』(広島テレビ放送 編)を読んでいた。原爆が落とされた前後の中学生たちの様子と死にざまを、子供でも読める平易な言葉で、淡々と記述した本だ。爆心地近くの川に生死をさまよう人たちが溢れたことをはじめ、数々の生々しい事実を、この本から学んだ。もちろん、原爆のことは小さい頃にも学んでいたのだろうが、今、改めてこの本を読み、衝撃を受けた。
前回、原爆のことを学んだのはいつだったろうか? 覚えているのは、小学生時代の大半を過ごしたニュージーランドで『はだしのゲン』を読んだときだ。たしか補習校の図書館にあったのだと思う。「補習校」とは、日本人が現地校の後に来て日本の教科のお勉強をする、補助的な学校だ。生徒は主に親の仕事でニュージーランドに来ている子供たちだった。現地の学校と並行して、週に数回通っていた。図書館といっても、蔵書はほぼ児童向けに限られ、せいぜい数百冊。図書館というよりは、三つか四つの本棚だった。
でもその小さな図書館のおかげで、海外にいながら日本語の活字に多く接することができた。日本に住んでいる日本人の小学生よりもずっと本は読んでいたはずだ。アルセーヌ・ルパンの翻訳物に特に夢中になって全部読んだのを覚えている。幼い頃の私はどちらかというと、誰もが陶酔する正義の味方よりは、ちょっと影のある悪役に魅力を感じていた。
『はだしのゲン』を読んだのは小学生の頃だったし、おそらく他にも何かしら原爆については教育を受けたのだろうが、28歳の私には具体的な知識として残っていなかった。
最初はドームの写真を撮っていいものか、若干ためらったが、意を決した。ぐるっと一周して、しっかりとその全容をカメラに収めた。おごそかな気持ちでいずにはいられなかった。
いくつかの慰霊碑が、ここが普通の場所ではないことを物語っている。でも、ドームすぐ横のベンチでは、カップルがいちゃついている。後ろを振り返ると、道路を車が走り、バス停には人が並んでいる。何事もないように日常が回っている。当たり前だ。だって爆弾が落とされてから、約66年経っているのだから。でも、それを当たり前のこととしてすんなり消化することができなかった。
2011年8月22日月曜日
2011年7月30日~8月4日 広島旅行記(1)
スペインの地ビール、エストレージャ・ガリシア。かきとたまねぎのキッシュ。から付きかきのオーブン焼き4種。
広島駅から徒歩5分ほどの川沿いにある牡蠣料理屋「牡蠣亭」でぜいたくな夕食を楽しみつつ、私は心地よい充実感に包まれていた。
国内旅行も捨てたもんじゃないな。それどころか最高だ。グラスに残されたビールの最後の一口を喉に流し込む。
若いうちは、海外を旅するべきだ。国内旅行なんて、歳をとってからでいい。そう思っていた時期が、私にもありました。
でも、広島に行ってみたいという思いが数年前から徐々に大きくなってきていて、無視できなくなっていた。戦争のこと、アメリカが私たちの国に原子爆弾を落としたことを多少なりとも思い起こさざるを得ない夏が来る度に、一度も原爆投下の現場となった街に足を踏み入れたことがないというのが心残りで、負い目ですらあった。一人の日本人として、どうしても行っておきたかったのだ。
◆
7月30日、土曜日。
10:17品川発、14:06広島着の新幹線。
Charles Bukowskiの"Ham on Rye"をKindleで読む。アメリカ人著者による、少年・青年期の自伝的小説なのだが、すこぶる面白い。
この本で描かれている著者は、アメリカ型非リア充の一種だ。主人公はケンカが強く、荒々しい生活を送っている。こう書くと人気者のガキ大将のようだが、友達がいなくて、貧しくて、女性にもてず、親からは暴力を振るわれる。
でも、決して悲劇仕立てではない。息苦しく、痛々しいが、ひたすら痛快で笑える傑作だ。
アメリカン・ドリームを手に入れた一握りの成功者たちの陰には、それとは比べ物にならないくらい多くの落ちこぼれがいるんだろう。
アメリカ的ポジティブ思考がもてはやされる陰には、どうしようもなくネガティブな現実が立ちはだかっているんだろう。
起業家やスターたち、ポジティブ思考だけでアメリカが成り立っているわけではないという当たり前のことに気付かされた。
広島駅から徒歩5分ほどの川沿いにある牡蠣料理屋「牡蠣亭」でぜいたくな夕食を楽しみつつ、私は心地よい充実感に包まれていた。
国内旅行も捨てたもんじゃないな。それどころか最高だ。グラスに残されたビールの最後の一口を喉に流し込む。
若いうちは、海外を旅するべきだ。国内旅行なんて、歳をとってからでいい。そう思っていた時期が、私にもありました。
でも、広島に行ってみたいという思いが数年前から徐々に大きくなってきていて、無視できなくなっていた。戦争のこと、アメリカが私たちの国に原子爆弾を落としたことを多少なりとも思い起こさざるを得ない夏が来る度に、一度も原爆投下の現場となった街に足を踏み入れたことがないというのが心残りで、負い目ですらあった。一人の日本人として、どうしても行っておきたかったのだ。
◆
7月30日、土曜日。
10:17品川発、14:06広島着の新幹線。
Charles Bukowskiの"Ham on Rye"をKindleで読む。アメリカ人著者による、少年・青年期の自伝的小説なのだが、すこぶる面白い。
この本で描かれている著者は、アメリカ型非リア充の一種だ。主人公はケンカが強く、荒々しい生活を送っている。こう書くと人気者のガキ大将のようだが、友達がいなくて、貧しくて、女性にもてず、親からは暴力を振るわれる。
でも、決して悲劇仕立てではない。息苦しく、痛々しいが、ひたすら痛快で笑える傑作だ。
アメリカン・ドリームを手に入れた一握りの成功者たちの陰には、それとは比べ物にならないくらい多くの落ちこぼれがいるんだろう。
アメリカ的ポジティブ思考がもてはやされる陰には、どうしようもなくネガティブな現実が立ちはだかっているんだろう。
起業家やスターたち、ポジティブ思考だけでアメリカが成り立っているわけではないという当たり前のことに気付かされた。
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