2012年8月8日(水)
・「私はあなたの考えに完全に同意する」というのは、「私はあなたの考えを完全に理解している」を前提とするはず。なのに、後者の方が難しそうに聞こえる。
2012年8月9日(木)
・8時間くらい寝たのに疲れがとれていない。明らかに、体力は働き手としての自分の強みではない。
・自分が何かもしくは誰かに対して怒りを感じているとき、「それは自分にも当てはまるんじゃないか?」「他人のせいにすることで自分の落ち度を隠していないか?」と問いかけるもう一人の自分が、たまにいる。そこは、働き始めてから人間として成熟した部分の一つだ。
・怒りは何かをよくするための行動の原動力になることもあるから、使いようによっては必ずしも悪いことばかりではない。ただ、疲れるし背中がこる。そういえば、以前『怒らないこと』という本を途中まで読んだが、まったく内容を覚えていないな。
・社内電子メールで、常に文字を大きくしてフォントや色も変えて送っている人を何人か見てきた。文字が少し大きいくらいならまだしも、メールを視覚的に目立たせようとするのは相手を威圧するだけで、いい印象を与えることはない。そういうメールを送る人は高確率で人格的にいや、なんでもないです。
・「効く」と「利く」の使い分けで迷うことがある。「効果がある」「利用できる」に置き換えて考えればよいのだろうか。
・仕事ができて頼れる人が退職することを知り、どっと疲労感。
・「自発」「自主」といった言葉は、権力と強制力を伴って上から下に発せられたときに嫌な響きを持つ。「自主的にやれ」って、「俺の気に入るようにやれ。俺が何をすれば喜ぶのか察しろ」というくらいの意味ではないでしょうか。
・「自発的にやれ」「自主的にやれ」という要求への最も痛烈な回答の一つになり得るのが、会社を辞めることである。人生における「自発性」と「自主性」を持っていないとできないことだ。もちろん、辞めるという決断が吉と出るか凶と出るかは、別問題。
・串揚げ屋さんで食べたナポリタンが、うまかった。(マ:マスター)
マ「いいナポリタンの見分け方、分かる? それはね、ケチャップが飛び跳ねないことなんだよ」
マ「ナポリタンを作る上で一番大事なのは、スパゲッティを茹で上げてから一時間以上は麺を寝かせておくこと。そうやって麺を冷まさないとケチャップが麺に馴染まないんだ。店によっては二時間くらい寝かせる」
私「これ、味付けはケチャップだけですか?」
マ「そう。あとバター」
私「何で普段は焼きそばなのに今日はナポリタンなんですか?」
マ「今、自分の中でナポリタンが密かなブームなんだよね。あと焼きそばより簡単だし」
2012年8月10日(金)
・「サッカーでは一点差より二点差の方が追い付きやすい」と人は言う。これは本当なのだろうか? もし正しいとすると、一点差で負けているチームは、もう一点取られた方が引き分け以上に持ち込める可能性が高まるということだよね。実際に、サッカーの歴史上、一点差の同点・逆転よりも二点差からの同点・逆転の方が多いんだろうか?
・「自発的にやれ」という命令(自発の強制という矛盾)よりも、「任せるから、好きにやっていいよ」の方が、私は好きだ。
2012年8月11日(土)
・サッカー日本代表の試合を観ても、昔のようには熱くなれない。興味が失せたわけではない。昔は、自分も一緒に戦っている気分だった。今でもそういう気持ちがないわけじゃない。でも基本的には娯楽として楽しんでいる。
・小田原。月曜まで友人宅に居候。「氷花餃子」という中華料理屋が、良店。麻婆豆腐。満足。食いすぎた。通える場所にないのが惜しまれる。
・大涌谷から駒ヶ岳山頂までハイキング。軽い気持ちで行ったが、ガチなコースだった。序盤は心なしか呼吸が苦しかった。たぶん火山ガスのせいだ。霧で先が見えなかった。山頂にたどりついても景色が一切見えなかった。
・インド料理屋「サクティ」で夕飯。リアル度はそんなに高くない(つまり日本人向けに味を調整している)けど、これはこれであり。あと何と言っても安い! 食べ物に加えて私がビールとラッシー、友人がラッシーを飲んで二人で2480円だった。
2012年8月12日(日)
・「湯坂路入口」のバス停から箱根湯本までの「鎌倉古道」と呼ばれる道を、歩いた。約8kmと長さは大したことがないが、ほぼずっと下りっ放しなのと、常に虫(蚊?)がまとわりついてくるので楽ではなかった。虫除けスプレーをこれでもかと露出部分にかけたのに刺されまくった。
・ハイキング帰りに、ある旅館に併設してある温泉に行ったが、完全に期待外れだった。日帰り入浴で、しかも2000円払ってこれでは到底満足できない。やたらとスタッフが多くて、対応は懇切丁寧だった。普段入っている小川町「花和楽の湯」の質の高さを改めて実感した。
・「友栄」で上うな重。滅多に食べる機会がない食べ物だが、たまに食うと贅沢な気分を味わえる。
2012年8月13日(月)
・昨日から合流した吉田のいびきがうるさすぎて、睡眠を妨害された。3時半くらいに起こされた。今後は真剣に対策を練らないといけない。あれって本人の睡眠には何の支障もないのだろうか?
・鎌倉でハイキングをしようかと思ったが、日差しが強すぎて、断念。「大仏前」行きのバスに乗って、大仏を見て、バスに乗る前にインド料理屋で昼食をとったが、あんまりおいしくなかった。中の下。もしくは下の上。
・インド料理屋に関する豆知識、その一。店員がインド人ぽいからといってインド人だとは限らない。ネパール人かもしれない。その二。インド人がやっているからといってうまいとは限らない。
・中学生の頃、鎌倉の英語教室に通っていた。だが大仏は今日初めて見た。
友人「お前、大仏を見たこともなかったのかよ」
私「ないよ」
友人「普通、日本人だったら大仏くらい見てるだろ」
私「何でだよ」
友人「それは俺の実家が奈良だからだ」
意味が分からない。
・驚いたことに、昨日のハイキング中に一番虫に刺されたのは靴下で覆われていた部分だった。そこだけで両足の4-5箇所は刺された。
・親によると、私は赤ん坊の頃に一度鎌倉の大仏を訪れたことがあるらしい。だが、記憶がないので私はあくまで今日を初めてと数える。
・東戸塚の「フィオーレ」という店で、両親と夕食。初めて入った店だったが、結構よかった。ここのピザは、ピッツァではなくタバスコが似合う「ピザ」。
2012年8月14日(火)
・平日かつ午前中の新宿は、びっくりするほど人が少ない。伊勢丹メンズ館も明らかに店員が余っていて、本当に暇そうだ。
・新宿「ほぐし職人」。今まで最長でも80分までしかやってもらったことがなかったが、奮発して90分やってもらった。夏休みなので贅沢したかったのと、箱根ハイキングでだいぶ足腰が疲れているので。
・渋谷ヨウジに寄った。二回目の商品が入荷していた。エンジ色っぽいパンツがすごくよかったので買った。その分、予約していた9月入荷のパンツをキャンセルした。
・「ハングリー・タイガー」で両親と晩ご飯。子供の頃から、誕生日なんかに頼んで連れて行ってもらっていた、思い出のレストラン。また5年後、10年後に来ても続いていてほしい。待合室に置いてあった『小さくして強くなった』という本を入店までの待ち時間に読んだ。2割くらいしか読めなかったが、経営者や関係者の理念とか事業への思いというのがよく伝わってくる本だった。
2012年8月16日木曜日
2012年8月7日火曜日
2012年8月1日~7日 日記
2012年8月1日(水)
・自分に自信を持ちすぎるのは、考えものかもしれない。自分がすべて正しい、自分がすべてを知っているという人は、おそらく学ぶことをやめている。本当にすべてを知っているのではなくて、自分が見えている景色がすべてだと思い込んでいるだけ。
・スポーツ選手だけでなく、実は会社員の能力開発や評価にとっても年齢は非常に重要かつ冷酷な要素であることが最近分かってきた。同じ能力であれば、若い方が労働市場での価値は高い。一定の年齢を重ねた社員が、新しいことを学ぶことへの腰の重さ。新入社員との吸収力の差は歴然。
・これが何を意味するのかというと、会社員の選手寿命は最大で40年くらいと言えども、大筋においては、最初の頃に身に付けた能力や姿勢で最後までやりくりをしなければならないということだ。具体的にそれは何年くらいで、何歳までなのだろうか? 山崎元氏の『転職哲学』には30代前半と書かれていた。おそらくそんなものだろう。いずれにせよ、最初の数年間で、土台は出来上がってしまうのだろう。
・日本以外の企業はすべて外資系。つまり世界の大多数の企業は外資系。それなのに外資系企業やそこに勤める人たちを批判して忌避する人がいる。もし仮に「外資系企業」全体に共通する特徴があり、日系企業がそれと異なるのであれば、異常なのは日系企業の方ではないか。
・ガイシ、ガイシと騒ぐのは、自分たちが「内」でありそれ以外は「外」であるという排他的な姿勢、一種の共同体意識と関係しているのだろう。日本では本来機能集団であるはずの企業が共同体になっているという指摘を小室直樹氏の本で学生時代に読んだ。それがずっと頭に残っている。
2012年8月2日(木)
・企業に機能集団と共同体の二種類があると仮定すると、転職には1)機能集団から機能集団への移動 2)機能集団から共同体への移動 3)共同体から共同体への移動 4)共同体から機能集団への移動 の四種類があることになる。
・共同体寄りの企業に身を置いている方が、仕事と会社と人生が同化しやすいのかもしれない。
・今日読んだ記事で、面白い理論を知った。曰く、仕事における不満足と満足は同一線上にはなく、不満の解消と満足の実現はそれぞれ別の要因によって引き起こされる。たとえば、給与の低さは仕事への不満足を引き起こすが、それを解消すれば「不満足が軽減される」ものの「満足する」わけではない。ハーズバーグという学者の「二要因理論」というらしい。アマゾンでこの人の"The Motivation to Work"という本を注文した。
勉強の秘訣について(その2) 面白がる力
・『モチベーションで仕事はできない』(坂口孝則氏)。「情熱的な精神状態は、技術・才能もしくは能力不足の表れであることが多い」(Eric Hoffer)。しかしながら、モチベーション(もしくは情熱、やる気)と技術の向上は、完全に切り離せるわけではなく、両輪の関係に近いのではないか。「モチベーション」そのものが目的化しては本末転倒だが。
・やたらと精神論を語るやつは、技術や知識が足りない。英語をろくに勉強してないやつに限って「言葉はハートだ」とか言い出す。ふざけんな。一方で、人生には少しの精神論は必要だ。一定の技術や知識を身に付けた人には、そうなる過程で、情熱が能力を上回っている時期があったはずだ。
・私は自己啓発書を一生懸命読んでいた時期がある。すがるように。今の自分にとってその大半はクズみたいな本だ。でも、そのときの自分にとって沁みる本や、響く本だったわけだから、自分にとっては必要だったんだと思う。「怪しげな自己啓発書なんて読まずに専門書を読めばよかったのに」なんていう後知恵には価値がない。
・「古典を読め」ほど正しくて、同時につまらない助言はない。「早起きしろ」に通ずる何かを感じる。罰でもないかぎり、正しいだけの言葉に従うほど人は合理的ではない。正論はつまらない。
・『モーニング娘。全シングル MUSIC VIDEO Blu-ray File 2011』が届いた。DISC 2を通して鑑賞した。24枚目のシングル「涙が止まらない放課後」から47枚目の「この地球の平和を本気で願ってるんだよ!」「彼と一緒にお店がしたい!」(この2曲は当初両A面だったが後者がカップリング扱いに変更された。だから厳密に言うと「彼と」はシングルではない)まで。ごく最近の曲になるまで画質には粗が目立つ。37枚目の「ペッパー警部」になるまで表示が横長テレビの画面いっぱいにすらならない。
・一度Blu-rayの世界を味わってしまうと、DVDには戻れない。昔(とはいっても数年前)のDVDを観ていると、このDVDというものが高画質とされていた時代があったのが、にわかには信じがたい。
2012年8月3日(金)
・コム・デ・ギャルソン・オムのシャツの形が、今季から変わったとのこと。試着してみたら、今までのより細い。悪くはないんだけど、ギャルソンがこれを出す必要はあるんだろうかと思ってしまった。
・木ボタンのチェック柄シャツが目を引いたが、実際着てみたら「ギャルソンのシャツ」の形ではなかったためピンと来なかった。これは単に大きさの問題ではなく、設計思想(?)の問題。細いからといってサイズを上げて解決するわけではない。
・昼食は池袋「逸品火鍋」のホイコウロウ定食。680円。この店では火鍋ばかり食べていたが、回鍋肉もかなりうまい。にんにくが効いている。自分でもこれくらいの回鍋肉が作れれば。
・Twitterである方が「床屋さんがお客さんと会話するのは眠らせないため(大意)」というpostをしていたので、今日美容室で美容師さんに聞いてみたら「自分はそんなつもりでお客さんと話したことはないし、周りでも聞かない。でも床屋さんは刃物を使うし美容室よりも作業は細かい。だから床屋さんだったらあり得るかも」という見解。
2012年8月4日(土)
・ハロプロ・ファンの間でやたらと評価が高いように見える太陽とシスコムーンの1stアルバムを聴いてみた。R&B色が強い。好きだけど、これを聴くなら嶋野百恵を聴くな。これだと自分の脳内で「ハロプロの音楽」という絶対的なジャンルというよりは、Japanese R&Bとして認識してしまう。ただ、聴き込んでいけばもっとよさが分かっていくかもしれない。
・「自分はマネジメントは向かないと思っている。」大学時代からの友人にそう話した。「たしかに。大学のときからサークル活動もせず、物書きみたいなスタンスだった。」そうそう。昔から俺のことを見ているだけあってよく分かっている。でもね、そういう仕事ってなかなかないんだよ。組織に属する以上は、組織内の階層を上るという命題から自由にはなれない。
・中村淳彦氏の『職業としてのAV女優』読了。そもそもAV業界というものが法律的にグレーな存在だとは知らなかった。AV女優やその志願者たちの実態と人生を、淡々と描き出している。全体を語りながら個々の人生を描き、個々の人生を描きながら過度の一般化や感情に流れていない。知らないことだらけだった。中身の詰まった新書。
・AVというのは特殊な産業ではあるけれども、それに関わる人たちのことを知ると、自分が見えている世界、ましてや自分がやっている仕事なんてのは色々ある仕事の中の一つに過ぎないんだなと再認識した。それで偉そうに仕事を語るのもどうなんやろと思ってしまうな。
2012年8月5日(日)
・昨日のオリンピック、サッカー、エジプト戦。日本の選手たちは、3対0で勝っている後半のロスタイムになっても相手のGKにまでプレッシャーをかけて最前線からボールを奪いに行っていた。普通に考えれば奇妙な光景である。相手がボールを回して時間を浪費するのを防ぐために負けているチームがやることだからだ。三点差ではなく一点差であれば、批判の対象だったかもしれない。
・奥山真司氏の『世界を変えたいなら一度"武器"を捨ててしまおう』読了。自己啓発書に食傷した自分でも面白く読めた。戦略理論と自分の人生をつなげることには何年も前から興味があったが、その具体的なやり方を手ほどきしてくれるのはありがたい。大学時代に奥山氏の「地政学ーアメリカの世界戦略地図」を読んだ。あれはいい本だった。今アマゾンで出版年月を見たら2004年10月。8年近く前か。そりゃそうだな。大学を卒業してから約7年半たっているわけだから。
・昔聴いていたCDをたまに聴き返したくなって、iTunesでリリース年を確認すると10年前後前ということが最近よく起きる。会社に入ってから約7年半だから、大学に入ってから1年半(卒業2年半前)の時点が、今から10年前。2002年のW杯が10年前か!
・何かを10年とかそこら追い続けてきたら、その何かはもう自分という人間の一部なんだと思う。だから、そういった対象との自分の関わりを語ることは、そのまま自分の人生を語ることだ。
・アウトドア用品店で見た防虫機能付きのシャツ。買う何歩か手前まで行ったが、よく考えたら無意味なのではないかと気付き思いとどまった。山を歩いていて虫が襲ってくるのは主に顔や手首等、肌が露出している箇所である。防虫機能が付いていようがいまいが、肌が覆われていれば虫除けになる。そのシャツを着たとしても、肌が露出する部分は虫に刺されてしまうのではないだろうか。
・アウトドア用品店のセールで、知らないブランドの長袖Tシャツと、THE NORTH FACEの襟付きシャツを買った。両方とも紫外線を防ぎ、すぐに乾く。アウトドアの服は、抜群に使い勝手がよい。中途半端なファッション・ブランドの服を買うくらいなら、アウトドア服の方が断然よい。いずれ富士山なんかも登ってみたいから、それを見越して少しずつ装備を集めていく。
2012年8月6日(月)
・昨日だったか、もっと前だったか。オリンピックのサッカーの試合で引き分けを狙うのはフェア・プレーの精神に反するとする記事がTwitterで流れてきた。最初はどうせサッカーを知らない門外漢が書いたのだろうと受け流していた。今日、ふと気になってその記事にあたってみると、サッカー専門のジャーナリストによるものだったと知り、驚くとともに困惑した。記事では明言されていないが、要は「女子サッカーはアマチュアなんだから、プロの真似はやめなさい」ということが言いたいのかな。
引き分け狙い…なでしこ、フェアプレー精神はどこへ
・結びの「眠い目をこすりながらテレビの前で試合を見守った少年少女たちを含めた日本中の人々を落胆させた罪は、けっして小さくはない。」この筆者は、驚くことに何の証拠も示さずに「日本中の人々」が落胆したと言い切っている。自分が気に入らなかっただけでしょ?
・少しでもサッカー観戦経験があれば、自分たちの意思だけで結果を操作できるほど単純じゃないことは分かりそうなものだが。もちろん、相手と組んでいたらそれは八百長。監督が「引き分け狙い」を指示して引き分けが必ず手に入るなら、今後サッカーの大会前には毎回「優勝狙い」を指示するべき。
2012年8月7日(火)
・『世界を変えたいなら一度"武器"を捨ててしまおう』を読んでふと思ったこと。学生時代に戦略の階層(世界観、政策、大戦略、軍事戦略、作戦、戦術、技術)でいうどの高さの思考や経験を積み重ねてきたかが、将来その人が職業人としてどこまでたどり着けるかに強く影響するのではないだろうか。たとえば、一番下の「技術」階層に特化してきた人は何かの技術を用いた作業員にとどまる、という風に。だとすると、それは「学生時代はリベラル・アーツを習得すべし」論の根拠になるのではないだろうか。
・しかし、ただ「リベラル・アーツを学べ」といったところで、それは学生にとって目の前の就職難を乗り越えるための有効な答えにはならない。短期的に就職できなければ、一生、長期的なキャリア形成はできない。
・給料の安さに不平を言っている人がいたとする。その人に対して「転職エージェントと面談して、今までやってきた仕事を説明して、あなたに今の年収を超える求人案件がどれだけあるか、調べてもらってください。その上で、本当に今の給料が安いのかどうか、考えてください」と言ったら大半の場合、黙り込んでしまうのではないだろうか。特に、40代以上の人たちは。市場価値という観点を無視して高いだの安いだの言っても不毛だ。同年代だからといって、異業種で異なる職種に従事する友人の給料と比較しても、無意味。
・自分に自信を持ちすぎるのは、考えものかもしれない。自分がすべて正しい、自分がすべてを知っているという人は、おそらく学ぶことをやめている。本当にすべてを知っているのではなくて、自分が見えている景色がすべてだと思い込んでいるだけ。
・スポーツ選手だけでなく、実は会社員の能力開発や評価にとっても年齢は非常に重要かつ冷酷な要素であることが最近分かってきた。同じ能力であれば、若い方が労働市場での価値は高い。一定の年齢を重ねた社員が、新しいことを学ぶことへの腰の重さ。新入社員との吸収力の差は歴然。
・これが何を意味するのかというと、会社員の選手寿命は最大で40年くらいと言えども、大筋においては、最初の頃に身に付けた能力や姿勢で最後までやりくりをしなければならないということだ。具体的にそれは何年くらいで、何歳までなのだろうか? 山崎元氏の『転職哲学』には30代前半と書かれていた。おそらくそんなものだろう。いずれにせよ、最初の数年間で、土台は出来上がってしまうのだろう。
・日本以外の企業はすべて外資系。つまり世界の大多数の企業は外資系。それなのに外資系企業やそこに勤める人たちを批判して忌避する人がいる。もし仮に「外資系企業」全体に共通する特徴があり、日系企業がそれと異なるのであれば、異常なのは日系企業の方ではないか。
・ガイシ、ガイシと騒ぐのは、自分たちが「内」でありそれ以外は「外」であるという排他的な姿勢、一種の共同体意識と関係しているのだろう。日本では本来機能集団であるはずの企業が共同体になっているという指摘を小室直樹氏の本で学生時代に読んだ。それがずっと頭に残っている。
2012年8月2日(木)
・企業に機能集団と共同体の二種類があると仮定すると、転職には1)機能集団から機能集団への移動 2)機能集団から共同体への移動 3)共同体から共同体への移動 4)共同体から機能集団への移動 の四種類があることになる。
・共同体寄りの企業に身を置いている方が、仕事と会社と人生が同化しやすいのかもしれない。
・今日読んだ記事で、面白い理論を知った。曰く、仕事における不満足と満足は同一線上にはなく、不満の解消と満足の実現はそれぞれ別の要因によって引き起こされる。たとえば、給与の低さは仕事への不満足を引き起こすが、それを解消すれば「不満足が軽減される」ものの「満足する」わけではない。ハーズバーグという学者の「二要因理論」というらしい。アマゾンでこの人の"The Motivation to Work"という本を注文した。
勉強の秘訣について(その2) 面白がる力
・『モチベーションで仕事はできない』(坂口孝則氏)。「情熱的な精神状態は、技術・才能もしくは能力不足の表れであることが多い」(Eric Hoffer)。しかしながら、モチベーション(もしくは情熱、やる気)と技術の向上は、完全に切り離せるわけではなく、両輪の関係に近いのではないか。「モチベーション」そのものが目的化しては本末転倒だが。
・やたらと精神論を語るやつは、技術や知識が足りない。英語をろくに勉強してないやつに限って「言葉はハートだ」とか言い出す。ふざけんな。一方で、人生には少しの精神論は必要だ。一定の技術や知識を身に付けた人には、そうなる過程で、情熱が能力を上回っている時期があったはずだ。
・私は自己啓発書を一生懸命読んでいた時期がある。すがるように。今の自分にとってその大半はクズみたいな本だ。でも、そのときの自分にとって沁みる本や、響く本だったわけだから、自分にとっては必要だったんだと思う。「怪しげな自己啓発書なんて読まずに専門書を読めばよかったのに」なんていう後知恵には価値がない。
・「古典を読め」ほど正しくて、同時につまらない助言はない。「早起きしろ」に通ずる何かを感じる。罰でもないかぎり、正しいだけの言葉に従うほど人は合理的ではない。正論はつまらない。
・『モーニング娘。全シングル MUSIC VIDEO Blu-ray File 2011』が届いた。DISC 2を通して鑑賞した。24枚目のシングル「涙が止まらない放課後」から47枚目の「この地球の平和を本気で願ってるんだよ!」「彼と一緒にお店がしたい!」(この2曲は当初両A面だったが後者がカップリング扱いに変更された。だから厳密に言うと「彼と」はシングルではない)まで。ごく最近の曲になるまで画質には粗が目立つ。37枚目の「ペッパー警部」になるまで表示が横長テレビの画面いっぱいにすらならない。
・一度Blu-rayの世界を味わってしまうと、DVDには戻れない。昔(とはいっても数年前)のDVDを観ていると、このDVDというものが高画質とされていた時代があったのが、にわかには信じがたい。
2012年8月3日(金)
・コム・デ・ギャルソン・オムのシャツの形が、今季から変わったとのこと。試着してみたら、今までのより細い。悪くはないんだけど、ギャルソンがこれを出す必要はあるんだろうかと思ってしまった。
・木ボタンのチェック柄シャツが目を引いたが、実際着てみたら「ギャルソンのシャツ」の形ではなかったためピンと来なかった。これは単に大きさの問題ではなく、設計思想(?)の問題。細いからといってサイズを上げて解決するわけではない。
・昼食は池袋「逸品火鍋」のホイコウロウ定食。680円。この店では火鍋ばかり食べていたが、回鍋肉もかなりうまい。にんにくが効いている。自分でもこれくらいの回鍋肉が作れれば。
・Twitterである方が「床屋さんがお客さんと会話するのは眠らせないため(大意)」というpostをしていたので、今日美容室で美容師さんに聞いてみたら「自分はそんなつもりでお客さんと話したことはないし、周りでも聞かない。でも床屋さんは刃物を使うし美容室よりも作業は細かい。だから床屋さんだったらあり得るかも」という見解。
2012年8月4日(土)
・ハロプロ・ファンの間でやたらと評価が高いように見える太陽とシスコムーンの1stアルバムを聴いてみた。R&B色が強い。好きだけど、これを聴くなら嶋野百恵を聴くな。これだと自分の脳内で「ハロプロの音楽」という絶対的なジャンルというよりは、Japanese R&Bとして認識してしまう。ただ、聴き込んでいけばもっとよさが分かっていくかもしれない。
・「自分はマネジメントは向かないと思っている。」大学時代からの友人にそう話した。「たしかに。大学のときからサークル活動もせず、物書きみたいなスタンスだった。」そうそう。昔から俺のことを見ているだけあってよく分かっている。でもね、そういう仕事ってなかなかないんだよ。組織に属する以上は、組織内の階層を上るという命題から自由にはなれない。
・中村淳彦氏の『職業としてのAV女優』読了。そもそもAV業界というものが法律的にグレーな存在だとは知らなかった。AV女優やその志願者たちの実態と人生を、淡々と描き出している。全体を語りながら個々の人生を描き、個々の人生を描きながら過度の一般化や感情に流れていない。知らないことだらけだった。中身の詰まった新書。
・AVというのは特殊な産業ではあるけれども、それに関わる人たちのことを知ると、自分が見えている世界、ましてや自分がやっている仕事なんてのは色々ある仕事の中の一つに過ぎないんだなと再認識した。それで偉そうに仕事を語るのもどうなんやろと思ってしまうな。
2012年8月5日(日)
・昨日のオリンピック、サッカー、エジプト戦。日本の選手たちは、3対0で勝っている後半のロスタイムになっても相手のGKにまでプレッシャーをかけて最前線からボールを奪いに行っていた。普通に考えれば奇妙な光景である。相手がボールを回して時間を浪費するのを防ぐために負けているチームがやることだからだ。三点差ではなく一点差であれば、批判の対象だったかもしれない。
・奥山真司氏の『世界を変えたいなら一度"武器"を捨ててしまおう』読了。自己啓発書に食傷した自分でも面白く読めた。戦略理論と自分の人生をつなげることには何年も前から興味があったが、その具体的なやり方を手ほどきしてくれるのはありがたい。大学時代に奥山氏の「地政学ーアメリカの世界戦略地図」を読んだ。あれはいい本だった。今アマゾンで出版年月を見たら2004年10月。8年近く前か。そりゃそうだな。大学を卒業してから約7年半たっているわけだから。
・昔聴いていたCDをたまに聴き返したくなって、iTunesでリリース年を確認すると10年前後前ということが最近よく起きる。会社に入ってから約7年半だから、大学に入ってから1年半(卒業2年半前)の時点が、今から10年前。2002年のW杯が10年前か!
・何かを10年とかそこら追い続けてきたら、その何かはもう自分という人間の一部なんだと思う。だから、そういった対象との自分の関わりを語ることは、そのまま自分の人生を語ることだ。
・アウトドア用品店で見た防虫機能付きのシャツ。買う何歩か手前まで行ったが、よく考えたら無意味なのではないかと気付き思いとどまった。山を歩いていて虫が襲ってくるのは主に顔や手首等、肌が露出している箇所である。防虫機能が付いていようがいまいが、肌が覆われていれば虫除けになる。そのシャツを着たとしても、肌が露出する部分は虫に刺されてしまうのではないだろうか。
・アウトドア用品店のセールで、知らないブランドの長袖Tシャツと、THE NORTH FACEの襟付きシャツを買った。両方とも紫外線を防ぎ、すぐに乾く。アウトドアの服は、抜群に使い勝手がよい。中途半端なファッション・ブランドの服を買うくらいなら、アウトドア服の方が断然よい。いずれ富士山なんかも登ってみたいから、それを見越して少しずつ装備を集めていく。
2012年8月6日(月)
・昨日だったか、もっと前だったか。オリンピックのサッカーの試合で引き分けを狙うのはフェア・プレーの精神に反するとする記事がTwitterで流れてきた。最初はどうせサッカーを知らない門外漢が書いたのだろうと受け流していた。今日、ふと気になってその記事にあたってみると、サッカー専門のジャーナリストによるものだったと知り、驚くとともに困惑した。記事では明言されていないが、要は「女子サッカーはアマチュアなんだから、プロの真似はやめなさい」ということが言いたいのかな。
引き分け狙い…なでしこ、フェアプレー精神はどこへ
・結びの「眠い目をこすりながらテレビの前で試合を見守った少年少女たちを含めた日本中の人々を落胆させた罪は、けっして小さくはない。」この筆者は、驚くことに何の証拠も示さずに「日本中の人々」が落胆したと言い切っている。自分が気に入らなかっただけでしょ?
・少しでもサッカー観戦経験があれば、自分たちの意思だけで結果を操作できるほど単純じゃないことは分かりそうなものだが。もちろん、相手と組んでいたらそれは八百長。監督が「引き分け狙い」を指示して引き分けが必ず手に入るなら、今後サッカーの大会前には毎回「優勝狙い」を指示するべき。
2012年8月7日(火)
・『世界を変えたいなら一度"武器"を捨ててしまおう』を読んでふと思ったこと。学生時代に戦略の階層(世界観、政策、大戦略、軍事戦略、作戦、戦術、技術)でいうどの高さの思考や経験を積み重ねてきたかが、将来その人が職業人としてどこまでたどり着けるかに強く影響するのではないだろうか。たとえば、一番下の「技術」階層に特化してきた人は何かの技術を用いた作業員にとどまる、という風に。だとすると、それは「学生時代はリベラル・アーツを習得すべし」論の根拠になるのではないだろうか。
・しかし、ただ「リベラル・アーツを学べ」といったところで、それは学生にとって目の前の就職難を乗り越えるための有効な答えにはならない。短期的に就職できなければ、一生、長期的なキャリア形成はできない。
・給料の安さに不平を言っている人がいたとする。その人に対して「転職エージェントと面談して、今までやってきた仕事を説明して、あなたに今の年収を超える求人案件がどれだけあるか、調べてもらってください。その上で、本当に今の給料が安いのかどうか、考えてください」と言ったら大半の場合、黙り込んでしまうのではないだろうか。特に、40代以上の人たちは。市場価値という観点を無視して高いだの安いだの言っても不毛だ。同年代だからといって、異業種で異なる職種に従事する友人の給料と比較しても、無意味。
2012年7月28日土曜日
2011年7月30日~8月4日 広島旅行記(4)
タリーズに入った。大体の店が8時には閉まる商店街だが、この喫茶店だけは9時まで開いている。2階で、『被爆証言集 原爆被爆者は訴える』を読んだ。想像を絶する世界が、そこには描かれていた。「この世とは思えない」とはこういうことか。こんな本は読んだ記憶がない。
半分くらい読んだところで、閉店時間が近くなってきたので、店を出た。
こちらで何軒か書店に行ったけど、『テロルのすべて』(樋口毅宏)を見つけることができなかった。広島・長崎の報復のためメリカに原爆を落とすことを夢見る日本人が主人公の小説だ。この旅の前に一度読んであるのだが、広島の土地で読むとまた感じ方が違うのではないかと思っていたが、この旅での再読は叶わなかった。
◆
8月1日(月)
市民センターみたいなので開かれている「原爆と戦争展」というのを見に行った。この展示のことは、街で受け取ったビラで知ったか、会場近辺の張り紙で知ったかのどっちかだったと思う。
部屋に入ってすぐ左側に本を並べて販売してあるので見ようとしたら、「そっちじゃねえよ」と(実際にはもう少していねいな言葉遣いで)逆の方向(逆時計回り)から回るよう指示された。
「過ちは繰り返しません」的な、何かをはぐらかしたような人道主義もどきとは趣が異なり、日米双方の政府を厳しく糾弾する、生々しい、政治的といっていい内容だった。軽い気持ちで入ると引いてしまう感じだった。
当時アメリカ側が被爆者のための治療所みたいなのを設置したが、被爆者を診るだけ診て、ろくに治療をせずにデータだけを集めていたことが写真付きで説明されていた。その情景を少し想像しただけで、胸がむかむかしてきた。
ところどころで福田正義という人の文章が引用されていて、気になる。もっとこの人の文章を読んでみたい。
「どうでしたか?」
展示を大体見終わったところで、私より少し若いくらいの男性が声をかけてきた。
「そうですね、見応えがあって・・・」と言ったきり、うまく言葉を出すことができなかった。胸がいっぱいになっていたからだ。
「今回の展示で特に何が印象に残りましたか?」
「被爆された方の症状の写真ですね。あれはもう・・・」
「広島に来て感じるのは、原爆の体験を街をあげて語り継ごうとしている点ですね。これは本当にすごいと思います」と言うと、「東京でも戦争はあったし、空襲はあったわけですよね」と言われ、ハッとした。そういえばそうだよな。原爆だけが戦争ではない。
思いがけず80歳の男性被爆者の方から一対一でお話を伺うことができた。椅子と机が用意されており、何人かの被爆体験者からお話を聴かせていただけるのだ。一時間くらいだっただろうか。本当に貴重な経験。
正直、お話の内容に、驚きはなかった。『いしぶみ』を読んだし、広島平和記念資料館にも行ったし、『被爆証言集』も半分くらい読んだから、知っていることが多かった。でも、だからといって適当に聞き流すわけにはいかなかった。歴史に残る体験をされた方が、貴重なお時間を、私一人にお話をすることに割いていただいているのだ。録画された動画を見るのとは訳が違う緊張が私を襲う。
被爆者のほとんどは被爆体験を人前に出て話そうとはしないらしい。なぜなら、あまりにつらくて、一生封印しておきたい記憶だからだ。事実、私に体験談を伝えてくださった方もそうだったらしい。しかし、その後自分なりに勉強し、死に絶えていった同世代の人たちのためにも、自分の体験を伝えていかなければと決心されたらしい。数年前からこのような活動をしているとのこと。
つまり、このように被爆体験者からお話を聴ける機会はそもそも稀少なのだ。その上、言うまでもなくご存命の被爆者は、日々減っていく。自分の子供の代は同じ体験をできないと思うと、すべての神経を集中させて聴くことは、私の責任であり、唯一の選択肢だった。
戦争を実際に体験した方から、戦争時のことを聴くのは、もしかすると生まれて初めてだったかもしれない。私の祖父や祖母は戦争を経験した世代だが、戦時中のことは向こうからも、こちらかも話題にしたことはなかった。
今は、母親方の祖母だけが生きているが、別の場所に住んでいて数年に一度しか会わないし、今更になって聞く気にもならない。
半分くらい読んだところで、閉店時間が近くなってきたので、店を出た。
こちらで何軒か書店に行ったけど、『テロルのすべて』(樋口毅宏)を見つけることができなかった。広島・長崎の報復のためメリカに原爆を落とすことを夢見る日本人が主人公の小説だ。この旅の前に一度読んであるのだが、広島の土地で読むとまた感じ方が違うのではないかと思っていたが、この旅での再読は叶わなかった。
◆
8月1日(月)
市民センターみたいなので開かれている「原爆と戦争展」というのを見に行った。この展示のことは、街で受け取ったビラで知ったか、会場近辺の張り紙で知ったかのどっちかだったと思う。
部屋に入ってすぐ左側に本を並べて販売してあるので見ようとしたら、「そっちじゃねえよ」と(実際にはもう少していねいな言葉遣いで)逆の方向(逆時計回り)から回るよう指示された。
「過ちは繰り返しません」的な、何かをはぐらかしたような人道主義もどきとは趣が異なり、日米双方の政府を厳しく糾弾する、生々しい、政治的といっていい内容だった。軽い気持ちで入ると引いてしまう感じだった。
当時アメリカ側が被爆者のための治療所みたいなのを設置したが、被爆者を診るだけ診て、ろくに治療をせずにデータだけを集めていたことが写真付きで説明されていた。その情景を少し想像しただけで、胸がむかむかしてきた。
ところどころで福田正義という人の文章が引用されていて、気になる。もっとこの人の文章を読んでみたい。
「どうでしたか?」
展示を大体見終わったところで、私より少し若いくらいの男性が声をかけてきた。
「そうですね、見応えがあって・・・」と言ったきり、うまく言葉を出すことができなかった。胸がいっぱいになっていたからだ。
「今回の展示で特に何が印象に残りましたか?」
「被爆された方の症状の写真ですね。あれはもう・・・」
「広島に来て感じるのは、原爆の体験を街をあげて語り継ごうとしている点ですね。これは本当にすごいと思います」と言うと、「東京でも戦争はあったし、空襲はあったわけですよね」と言われ、ハッとした。そういえばそうだよな。原爆だけが戦争ではない。
思いがけず80歳の男性被爆者の方から一対一でお話を伺うことができた。椅子と机が用意されており、何人かの被爆体験者からお話を聴かせていただけるのだ。一時間くらいだっただろうか。本当に貴重な経験。
正直、お話の内容に、驚きはなかった。『いしぶみ』を読んだし、広島平和記念資料館にも行ったし、『被爆証言集』も半分くらい読んだから、知っていることが多かった。でも、だからといって適当に聞き流すわけにはいかなかった。歴史に残る体験をされた方が、貴重なお時間を、私一人にお話をすることに割いていただいているのだ。録画された動画を見るのとは訳が違う緊張が私を襲う。
被爆者のほとんどは被爆体験を人前に出て話そうとはしないらしい。なぜなら、あまりにつらくて、一生封印しておきたい記憶だからだ。事実、私に体験談を伝えてくださった方もそうだったらしい。しかし、その後自分なりに勉強し、死に絶えていった同世代の人たちのためにも、自分の体験を伝えていかなければと決心されたらしい。数年前からこのような活動をしているとのこと。
つまり、このように被爆体験者からお話を聴ける機会はそもそも稀少なのだ。その上、言うまでもなくご存命の被爆者は、日々減っていく。自分の子供の代は同じ体験をできないと思うと、すべての神経を集中させて聴くことは、私の責任であり、唯一の選択肢だった。
戦争を実際に体験した方から、戦争時のことを聴くのは、もしかすると生まれて初めてだったかもしれない。私の祖父や祖母は戦争を経験した世代だが、戦時中のことは向こうからも、こちらかも話題にしたことはなかった。
今は、母親方の祖母だけが生きているが、別の場所に住んでいて数年に一度しか会わないし、今更になって聞く気にもならない。
2012年7月14日土曜日
2011年7月30日~8月4日 広島旅行記(3)
いよいよこの旅の真打ち。昨晩ちらっとだけ訪れた原爆ドームおよび周囲の関連施設を、じっくりと見に行く。
途中の商店街にパン屋さんのアンデルセン。随分と立派な店構えだ。何でも、ガイド・ブックによるとここが第一号店らしい。広島が発祥とは知らなかった。まあ、後で来るとしよう。
アンデルセンは池袋の店舗にたまに行く。フランス・パンにハムとレタスを挟んだサンドイッチが好きで、たまに買う。ぱかっと開いて中に黒コショウをかけてから食う。食パンも一度買ったことがあるのだが、あまり好みではなかった。食パンに関してはポン・パ・ドールの方が好きだ。
ポン・パ・ドールと言えば子供の頃、チーズ・バタールというダイス・チーズが入ったフランス・パンが大好物で、母親がたまに買ってくると大喜びしていたものだ。ロンドというチョコレートとナッツを練り込んだ菓子パンを買うため会計の列に並んでいたらiPodshuffleから松浦亜弥の「横浜ロンド」という曲(アルバム『Click you Link me』)が流れてきたことがあった。その旨、当時Twitterに投稿したら友人に「痛ツイート」として晒し上げられた。
雨が降ってきた。傘を持っていないので、休憩所に逃げ込む。中は同じ考えの人々で溢れている。自販機で500mlペット・ボトルのミネラル麦茶を買い、一気に飲み干す。いや、厳密には一気に500mlは飲んでいない。何回かに分けて飲んだ。
雨は少し弱くなったが、いつ完全に止むか分からないので、外に出る。
ベンチに腰掛け、原爆ドームをぼーっと眺める。ベンチの上に木がかかっていて、多少は雨をしのげる。何というか、この建物は、眺めているだけで胸がいっぱいになる。
広島平和公園を一通り回ったが、原爆ドームの衝撃に比べてしまえば他は私にとってはおまけのようなもので、概して印象は薄かった。
例外は、広島平和記念資料館。
途中の商店街にパン屋さんのアンデルセン。随分と立派な店構えだ。何でも、ガイド・ブックによるとここが第一号店らしい。広島が発祥とは知らなかった。まあ、後で来るとしよう。
アンデルセンは池袋の店舗にたまに行く。フランス・パンにハムとレタスを挟んだサンドイッチが好きで、たまに買う。ぱかっと開いて中に黒コショウをかけてから食う。食パンも一度買ったことがあるのだが、あまり好みではなかった。食パンに関してはポン・パ・ドールの方が好きだ。
ポン・パ・ドールと言えば子供の頃、チーズ・バタールというダイス・チーズが入ったフランス・パンが大好物で、母親がたまに買ってくると大喜びしていたものだ。ロンドというチョコレートとナッツを練り込んだ菓子パンを買うため会計の列に並んでいたらiPodshuffleから松浦亜弥の「横浜ロンド」という曲(アルバム『Click you Link me』)が流れてきたことがあった。その旨、当時Twitterに投稿したら友人に「痛ツイート」として晒し上げられた。
改めて、原爆ドームを鑑賞する。目の前に、「あの」原爆ドームがある。それが現実であることを確かめるかの如く、色んな角度や距離からシャッターを切り、SDカードに画像データを収める。
雨が降ってきた。傘を持っていないので、休憩所に逃げ込む。中は同じ考えの人々で溢れている。自販機で500mlペット・ボトルのミネラル麦茶を買い、一気に飲み干す。いや、厳密には一気に500mlは飲んでいない。何回かに分けて飲んだ。
雨は少し弱くなったが、いつ完全に止むか分からないので、外に出る。
ベンチに腰掛け、原爆ドームをぼーっと眺める。ベンチの上に木がかかっていて、多少は雨をしのげる。何というか、この建物は、眺めているだけで胸がいっぱいになる。
広島平和公園を一通り回ったが、原爆ドームの衝撃に比べてしまえば他は私にとってはおまけのようなもので、概して印象は薄かった。
例外は、広島平和記念資料館。
2012年1月29日日曜日
R・E・A・Lな一日。
1月28日(土)
Buono! LIVE 2012 "R・E・A・L"
14:00 会場
15:00 開演
ツアー名が「R・E・A・L」(リアル)と知ったとき、何たる偶然かと思った。
Buono! LIVE 2012 "R・E・A・L"
14:00 会場
15:00 開演
ツアー名が「R・E・A・L」(リアル)と知ったとき、何たる偶然かと思った。
なぜなら俺はまさに、連れて行く非ハロヲタ二人に、リアルなアイドルのコンサートというものを見せつけてやろうと思っていたからだ。コンサート後には、桜木町は野毛町のリアルな大衆居酒屋を@yokohamalotteに案内してもらう。とにかくリアルな一日にしてやろう。それがこの日のコンセプトだった。
新高島の駅で待ち合わせて、まずは会場横のグッズ売り場へ。12時前だが既に開いていた。
グッズ情報
http://www.helloproject.com//goods/tour/12_buono_real/index.html
新高島の駅で待ち合わせて、まずは会場横のグッズ売り場へ。12時前だが既に開いていた。
グッズ情報
http://www.helloproject.com//goods/tour/12_buono_real/index.html
@karasi_gjは、ソロマフラータオル【夏焼 雅】(2000円)と、夏焼雅を応援するための赤いサイリウム(300円)。
@yokohamalotteは、ツアーバッグ(600円)と、鈴木愛理を応援するための緑のサイリウム(300円)。
二人とも非ハロヲタではあるが、今回のコンサートへの誘いを快く快諾してくれた。このような友人たちを持つのはありがたいことだ。
彼らには、自分が誰を応援するかを事前に決めてもらった。後述するように、それがアイドルのコンサートを楽しむための文法だからだ。彼らは公式グッズのTシャツは買わなかったかわりに、ちゃんとそれぞれ赤と緑の自前Tシャツを着てきている。
二人とも非ハロヲタではあるが、今回のコンサートへの誘いを快く快諾してくれた。このような友人たちを持つのはありがたいことだ。
彼らには、自分が誰を応援するかを事前に決めてもらった。後述するように、それがアイドルのコンサートを楽しむための文法だからだ。彼らは公式グッズのTシャツは買わなかったかわりに、ちゃんとそれぞれ赤と緑の自前Tシャツを着てきている。
俺は最初に並んだにも関わらず、会計を済ませたのは最後だった。被害妄想かもしれないが、駅の切符売り場にしても、空港にしても、俺が並ぶ列はいつも進みが悪い。
買ったのは、三点。ソロTシャツ+リスト・バンドセット【嗣永桃子】(3500円)、DVD MAGAZINE vol. 11(2500円)、DVD MAGAZINE vol. 12(2500円)。計8500円と、チケット代(6350円)を上回る大きな出費だ。そりゃ、節約を優先すれば、何も買わないで済ますことだって可能だ。でも、会場で販売しているグッズにはくすぐられるのだ。会場と一部の通販でしか手に入らないから稀少価値がある。DVD MAGAZINEにしても、普通にアマゾンで売っていればわざわざここでは買わない。というか、そもそも買わないかもしれない。あと、コンサートへの参加それ自体は一度きりの経験で後に残らないから、何か形のあるものが欲しいのだ。
チケットが6350円というのは、一見、安いという感じはしない。コンサートのDVDはアマゾンで3000円くらいだ(最近出始めたブルーレイだと4500円くらい)。もちろん低画質で細切れなのは言うまでもないが、YouTubeで検索すれば過去のコンサートの動画がタダでゴロゴロ転がっている。
でも、コンサートの現場から得られる満足感は、DVDやYouTubeの動画を何十回再生しようが得ることはできない。
DVDで観る方が、はるかに便利だ。再生環境さえあればいつでもどこでも、何度でも楽しめる。コンサートを物理的に観に行くのは、場所や時間の制約があるし、手間がかかる。疲れる。しかも、DVDのように間近で鮮明に見ることはできない。その上でも、 アイドルたちと場を共有して、一緒に盛り上がって直に応援するという体験には、録画された映像作品よりも高い価値があるのだ。
でも、コンサートの現場から得られる満足感は、DVDやYouTubeの動画を何十回再生しようが得ることはできない。
DVDで観る方が、はるかに便利だ。再生環境さえあればいつでもどこでも、何度でも楽しめる。コンサートを物理的に観に行くのは、場所や時間の制約があるし、手間がかかる。疲れる。しかも、DVDのように間近で鮮明に見ることはできない。その上でも、 アイドルたちと場を共有して、一緒に盛り上がって直に応援するという体験には、録画された映像作品よりも高い価値があるのだ。
ただ、どうやら一般的に、コンサートやイベントというのは入場料だけでは儲からないらしい。何かの本で読んだし、実際仕事でイベントの開催に関わったことのある友人からも聞いたことがある。で、どこで儲けるかというと、グッズだ。グッズに稀少価値や記念性を持たせて、何かしらは買っておきたいと思わせる主催者のやり方は、うまいと思う。
2012年1月18日水曜日
偉い人、面白い人、正しい人(書き起こし)
※2012年1月14日(土)に慶應義塾大学 古石研究会の合宿で、ゲスト・スピーカーとして話した内容を、記憶を元に、補足しつつ文章にしました。
◆ これから何について、なぜ話すのか?
夕食前に相応しく(注:夕食前の最後の発表だった)、難しい話ではありませんので(笑)、肩の力を抜いて聞いてください。
私からは「偉い人、面白い人、正しい人」という題名でお話をさせていただきます。この題名は、「どのような人が人に影響を与え、人を動かすのか?」という問いに対する、私の答えです。
なぜそんなことをお話ししようと思ったのかを説明するために、コミュニケーションとは何かという話から始めます。
コミュニケーションというと「伝達」という言葉にあるように、自分の言いたいことを相手に伝えることを思い浮かべるかもしれませんが、これでは不十分なのです。
相手に影響を与え、とって欲しい行動をとってもらう。そこまでを達成して、はじめてコミュニケーションが成功したと言えるのです。これは杉田敏さんの『人を動かす!話す技術』(PHP新書)という本に書いてあって、大学時代に読んだのですが、今でも印象に残っています。
みなさんが日頃作成するレポートや論文も、一種のコミュニケーションです。もちろんレポートや論文は、単位をとるために書いていると思います。でも、自分の情熱や時間を注ぐからには、単位取得にとどまらない、何かしらの成果を出せた方がよいのではないでしょうか。それは、相手に読んでもらい、相手に何かの影響を与え、あわよくば行動させるというということです。
つまり、先ほどの問いへの答えを探ることで、みなさんのレポート作成、論文執筆に役立つお話をしたいのです。
ご存じと思いますが、説得の三要素というものがあります。それらはEthos、Pathos、Logosの三つです。それらと完全に合致はしないかもしれませんが、私なりにそれぞれの要素を、人として目指すべき方向性に翻訳すると、「偉い人」、「面白い人」、「正しい人」になるのです。
それぞれについて、説明していきます。
◆ 「偉い人」にはあやかりたい
なぜ「偉い人」は人を動かすのか。それは、私たちは「偉い人」にあやかりたいからです。
私は会社で働いて7年目ですが、「偉い人」の影響力は痛いほどに感じています。
たとえば、自分がAという部署の担当者(平社員)で、Bという部署に何か仕事の依頼なり問い合わせをしたいとします。
自分から、部署Bの担当者(平社員)に打診すると、「できません」と言われる。もちろん、日頃からやっていることであれば問題ないですが、通常の流れから外れることだと相手は難色を示す。
でも、自分の上司(マネージャー)が、部署Bのマネージャーに同じ依頼や問い合わせを行うと、「できる」ということになる。
あるいは、自分から部署Bのマネージャーに打診すると「できる」と言われる。そのマネージャーは部下に「やれ」と指示して、担当者はやる。
こういうことは、会社にいると周りで日常的に起きています。つまり、同じ発言でも、平社員が言うのと、課長が言うのと、部長が言うのと、社長が言うのでは、意味や効果が、まったく異なるのです。
M君が頷いていますが(笑)。(※M君は卒業生で私と同期だった。今は公務員。)
(M君「これは、よく分かります。しょっちゅうありますね。」)
発言は内容だけが独立して存在しているのではなく、常に、誰が誰に伝えるかと一体なのです。『論より詭弁 反論理的思考のすすめ』(香西秀信、ちくま新書)という本に、そういうことが書いてあります。
なぜ、人は「偉い人」の言うことを聞くのでしょうか。それは、「偉い人」は金、権力、権限、権威と密接につながっているからです。私たちは、彼らにコバンザメのようにくっついて行くことで、その恩恵を受けたいのです。会社であれば出世ですね。上司に気に入られれば、自分も引き上げてもらえる可能性は高まります。
大学の場合だと、「偉い人」は教授ですね(笑)。単位の付与や成績の決定という権力を持っているからこそ、「何文字で、いついつまでにこういうレポートを提出しろ」と指示して、人を従わせることができるのです。
みなさんは、ほとんどの場合、レポートを好きで書いているわけではありませんね。単位をもらうために書いています。もちろん、本当に興味を持って書いている場合もあるでしょう。でも、文字制限や期限は、自分で決めてはいません。
守らなければ単位を落とされる恐れがあるから、みなさんは教授が課した文字制限や期限に従うのです。
ところが、「偉い人」の言うことは、みんなが納得しているとは限らない。みんな「偉い人」を前にすると表向きはペコペコしますが、腹の底では何を考えているか分かりません。本人がいないところでは、悪口を言いまくっているかもしれない。
「偉い人」は、偉さの元になっている金、権力、権限、権威を失えば、一気にそっぽを向かれる恐れがあるのです。「偉い人」の影響力は、その人が偉いという、ただそれだけに依存するのであって、内容が人を動かしているとは限らないからです。
◆ これから何について、なぜ話すのか?
夕食前に相応しく(注:夕食前の最後の発表だった)、難しい話ではありませんので(笑)、肩の力を抜いて聞いてください。
私からは「偉い人、面白い人、正しい人」という題名でお話をさせていただきます。この題名は、「どのような人が人に影響を与え、人を動かすのか?」という問いに対する、私の答えです。
なぜそんなことをお話ししようと思ったのかを説明するために、コミュニケーションとは何かという話から始めます。
コミュニケーションというと「伝達」という言葉にあるように、自分の言いたいことを相手に伝えることを思い浮かべるかもしれませんが、これでは不十分なのです。
相手に影響を与え、とって欲しい行動をとってもらう。そこまでを達成して、はじめてコミュニケーションが成功したと言えるのです。これは杉田敏さんの『人を動かす!話す技術』(PHP新書)という本に書いてあって、大学時代に読んだのですが、今でも印象に残っています。
みなさんが日頃作成するレポートや論文も、一種のコミュニケーションです。もちろんレポートや論文は、単位をとるために書いていると思います。でも、自分の情熱や時間を注ぐからには、単位取得にとどまらない、何かしらの成果を出せた方がよいのではないでしょうか。それは、相手に読んでもらい、相手に何かの影響を与え、あわよくば行動させるというということです。
つまり、先ほどの問いへの答えを探ることで、みなさんのレポート作成、論文執筆に役立つお話をしたいのです。
ご存じと思いますが、説得の三要素というものがあります。それらはEthos、Pathos、Logosの三つです。それらと完全に合致はしないかもしれませんが、私なりにそれぞれの要素を、人として目指すべき方向性に翻訳すると、「偉い人」、「面白い人」、「正しい人」になるのです。
説得の三要素(アリストテレス)
|
方向性
|
Ethos(権威)
|
偉い人
|
Pathos(感情)
|
面白い人
|
Logos(論理)
|
正しい人
|
それぞれについて、説明していきます。
◆ 「偉い人」にはあやかりたい
なぜ「偉い人」は人を動かすのか。それは、私たちは「偉い人」にあやかりたいからです。
私は会社で働いて7年目ですが、「偉い人」の影響力は痛いほどに感じています。
たとえば、自分がAという部署の担当者(平社員)で、Bという部署に何か仕事の依頼なり問い合わせをしたいとします。
自分から、部署Bの担当者(平社員)に打診すると、「できません」と言われる。もちろん、日頃からやっていることであれば問題ないですが、通常の流れから外れることだと相手は難色を示す。
でも、自分の上司(マネージャー)が、部署Bのマネージャーに同じ依頼や問い合わせを行うと、「できる」ということになる。
あるいは、自分から部署Bのマネージャーに打診すると「できる」と言われる。そのマネージャーは部下に「やれ」と指示して、担当者はやる。
こういうことは、会社にいると周りで日常的に起きています。つまり、同じ発言でも、平社員が言うのと、課長が言うのと、部長が言うのと、社長が言うのでは、意味や効果が、まったく異なるのです。
M君が頷いていますが(笑)。(※M君は卒業生で私と同期だった。今は公務員。)
(M君「これは、よく分かります。しょっちゅうありますね。」)
発言は内容だけが独立して存在しているのではなく、常に、誰が誰に伝えるかと一体なのです。『論より詭弁 反論理的思考のすすめ』(香西秀信、ちくま新書)という本に、そういうことが書いてあります。
なぜ、人は「偉い人」の言うことを聞くのでしょうか。それは、「偉い人」は金、権力、権限、権威と密接につながっているからです。私たちは、彼らにコバンザメのようにくっついて行くことで、その恩恵を受けたいのです。会社であれば出世ですね。上司に気に入られれば、自分も引き上げてもらえる可能性は高まります。
大学の場合だと、「偉い人」は教授ですね(笑)。単位の付与や成績の決定という権力を持っているからこそ、「何文字で、いついつまでにこういうレポートを提出しろ」と指示して、人を従わせることができるのです。
みなさんは、ほとんどの場合、レポートを好きで書いているわけではありませんね。単位をもらうために書いています。もちろん、本当に興味を持って書いている場合もあるでしょう。でも、文字制限や期限は、自分で決めてはいません。
守らなければ単位を落とされる恐れがあるから、みなさんは教授が課した文字制限や期限に従うのです。
ところが、「偉い人」の言うことは、みんなが納得しているとは限らない。みんな「偉い人」を前にすると表向きはペコペコしますが、腹の底では何を考えているか分かりません。本人がいないところでは、悪口を言いまくっているかもしれない。
「偉い人」は、偉さの元になっている金、権力、権限、権威を失えば、一気にそっぽを向かれる恐れがあるのです。「偉い人」の影響力は、その人が偉いという、ただそれだけに依存するのであって、内容が人を動かしているとは限らないからです。
2012年1月15日日曜日
偉い人、面白い人、正しい人(配布資料)
(2012/1/14、慶應義塾大学古石研究会合宿で話したときの配布資料)
1. どのような人が人に影響を与え、人を動かすのか?
「コミュニケーション」とは何か?
×自分の言いたいことを伝えること
○とって欲しい行動を相手に取らせること
→人を動かして、はじめて「コミュニケーション」と言える(杉田敏、『人を動かす!話す技術』、PHP新書)
説得の三要素(アリストテレス) | 方向性 |
Ethos(権威) | 偉い人 |
Pathos(感情) | 面白い人 |
Logos(論理) | 正しい人 |
2. 「偉い人」にはあやかりたい
仕事の依頼や問い合わせ
部署Aの担当者→部署Bの担当者 「できません」
部署Aのマネージャー→部署Bのマネージャー 「できる」
部署Aの担当者→部署Bのマネージャー「できる」「やれ」→部署Bの担当者 「はい」
同じ発言でも、平社員が言うのと、課長が言うのと、部長が言うのと、社長が言うのでは、意味も効果も大きく異なる!(香西秀信、『論より詭弁 反論理的思考のすすめ』、ちくま新書)
(^o^) 。o(金、権力、権限、権威に人は正直!)
(>_<)。o(表面上は服従しても、陰では悪口を言いまくっているかも?)
3. 「面白い人」の言うことは気になる
書店でどんな本を買いますか?
関心 | 購入 | 最後まで読む | |
偉い人の書いた本 | ○ | ○ | ? |
面白そうな本 | ◎ | ◎ | ◎ |
正しそうな本 | ○ | ? | ? |
「メディア・リテラシー」「批判」「論理」は一つの正しさを追い求め、既存の考えを破壊するが、新しい考えは生み出さない。「正しさ」だけでなく「面白さ」が必要!(パオロ・マッツァリーノ、『つっこみ力』、ちくま新書)
(^o^) 。o(自発的に「やってみよう」と思ってもらえるかも!)
(>_<)。o(「面白さ」には強制力がない。面白いからといって行動するとは限らない)
4. 「正しい人」には逆らえない
NHK「受信料支払いは義務です」「NHKは皆さまからの受信料で支えられています」
論理は、価値観を共有して初めて意味を持つ
Welfare:福祉(平等)
Freedom:自由
Virtue:美徳
(Michael Sandel, Justice: What’s the Right Thing to Do? Penguin 邦訳:マイケル・サンデル(著)、鬼澤忍(訳)、『これからの正義の話をしよう』、ハヤカワ・ノンフィクション文庫)
(^o^) 。o(逆らったら「悪い人」になるから従わざるを得ない!)
(>_<)。o(「正しさ」は一つじゃない。「正しい」からといって相手が心から納得するとは限らない。スキを見せればここぞとばかりに攻撃されるかも)
Discussion
レポート・論文を「偉く」するには?
レポート・論文を「面白く」するには?
レポート・論文を「正しく」するには?
ありがとうございました。
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