2014年4月6日日曜日

℃-ute 「℃-uteの本音」 五反田ゆうぽうとホール 4月6日(日)18時開演 参戦記録

※注意:所謂「ネタばれ」が少しあるかも。
※会場でとったメモを元にした個人的な備忘録。正確さは保証しません。

1.序盤

岡井「私は早起きが苦手。でも昨日と今日だけは奇跡的に早起きが出来て、朝ご飯を作った。今日はかなりミラクルなライブになること間違いなし!」

岡井「(客席の)温度がかなり上がっているところで、リーダー、本音の気持ちを」
矢島「あのね、やっぱね…ライブは楽しいよ。今日は何て日だ!」
岡井「愛理」
鈴木「やっぱりライブは楽しいよ…この空気どうすればいいの」 
岡井「一回目もそうだったけど最初からグダグダなのはやめて」

矢島「このツアーでは椅子を使ったパフォーマンスのように初めての試みを取り入れている。こんな大人っぽいことをするようになったんだなと思う」
萩原「普通、椅子に立つと怒られる。なかなか出来ない」
矢島「椅子から身体を反らして逆さになると皆さんの顔が反転して見える。その光景に感動した。ちょうどそのとき私は(カメラに)抜かれているらしいのでどんな顔になっているのか気になる。重力で落ちていないか」
鈴木「リーダーは美人だから大丈夫だよ」

2.「℃-uteの本音トーク」

「雨女卒業」
お題が表示されると客席エーイング。
矢島苦笑。「(雨女から卒業)したと思ってた。2014年は降らないことが多くて」
客席エーイング。
矢島「ホントだよ! ナルチカでも『今日は晴れてるね』とよく言われていた。ある番組で占い師に龍神が付いている(のが雨女の原因)と言われてお祓いをしてもらった。それ以降、2014年はいいスタートを切れていた」
岡井「その企画(番組収録)の帰り道、大雨だった。ひなフェスも雨。昨日も意味の分からない雨。今日も雨。四月から(雨女)留年だよ」
萩原「付いてるんだよ後ろに(龍神が)」

「体調悪かったのに!」
中島「一時期、鼻が凄く詰まっていた。詰まりすぎて息を吸うと鼻水が喉に入ってきて痰が絡んだ。舞ちゃんと話しているときに息を吸ったら入ってきて呼吸困難になった。苦しかったのには舞ちゃんは笑いながら携帯をいじってヘラヘラしながら『えー大丈夫?』と言ってきた。大変なのに気を使ってくれなくてイライラした」
萩原「最初ふざけて苦しい振りをしているのかと思ったら鼻が赤くて怒っているように見えたので何とか笑いを鎮めて真剣なトーンで『大丈夫?』と聞き直した」
岡井「なっきぃはそういうことが多い。なっきぃ、千聖、愛理で上の階にカップラーメンを誰が一番早く取りに行くかを競争した。私が一番だと思って帰ってきたらなっきぃが部屋の外で胸のあたりを押さえてしゃがみ込んでいた。『なっきぃどうした?』と聞くと『…喘息です』。『袋(持ってこようか)?』と聞くと『…袋とかじゃない。ほっといて…』と苦しそうに答えてきた。
ある日はダンスレッスン中に急に脇腹の辺りを押さえて倒れ込んでびっくりした」
萩原「撃たれた?位の倒れ方」
岡井「そしたらつったんですって」
中島「つらいときに笑われるとイライラする」
岡井「だからファンの人にも気難しいと言われるんだよ」
矢島「ということでメンバーの気持ちを察しながら(やっていくのが大事)…私が一番察しないか」
岡井「ホントだよ!」

3.アンコール明け

鈴木「10代最後のライブ。あんまり考えすぎると間違えるので考えすぎないようにした。凄いな私も20だなと。10代で皆さんと会えるのは今日が最後。オーディションの頃は10代にもなっていなかった。20代に向けていいスタートを切れそう。次から20代の私もよろしく」

萩原「地元の友達が観に来てくれている。中学生の頃は私の学校生活しか見ていなくて私の仕事には興味がなかったけど卒業してからコンサートを観に来てくれるようになった。℃-uteを尊敬すると言ってくれる。ファンの皆さんにも尊敬されるよう輝いていきたい。気を付けて帰って」

岡井「四月から消費税が上がった。チケット代も上がって申し訳ない。少し値段が上がったのでもっといいパフォーマンスをしてその値段を出しても来たいと思ってもらえるようにしたい。消費税が上がってつらい人も明日から仕事やバイトを頑張って。また来てね」

中島「ポールダンスで『Crazy完全な大人』の落ちサビのときに宙づりになると皆さんがフーッて言ってくれるけど実はその後の起き上がる方が大変。最初は出来なくて『中島さん腹筋ないね』と言われていた。一ヶ月腹筋を鍛えて出来るようになった。次からは起き上がる瞬間も見てほしい」

矢島「このツアーのレッスンでみんな筋肉が付いてきた。『私筋肉付いてきた』とメンバーから言われると嬉しい。(筋肉質なのが自分)一人じゃないって。
明日からお仕事や学校を頑張って。
(会場の)近くにおいしいうどん屋さんがあるらしいんです、スタッフさんによると(注:おそらく「おにやんま」のこと)。だから帰りにうどん食べて行って」


(4/6公演を終えてのメンバーたちのブログ)

ツアーSTART (≧∇≦)
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無事! 千聖
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2日目( あいり)
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楽しかった!mai
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2014年4月5日土曜日

℃-ute 「℃-uteの本音」 五反田ゆうぽうとホール 4月5日(土)15時開演 参戦記録

※注意:所謂「ネタばれ」が少しあるかも。
※会場でとったメモを元にした個人的な備忘録。正確さは保証しません。

1.序盤

岡井「今の季節は桜が満開。さっき雨が降って桜は少し散っちゃったけど」
矢島「そんなことはない」
岡井「桜を満開にさせたいと思います!」

萩原「本当に緊張。脚がgkbr。このツアーは(自分の)見せ所がたくさんある。みなさんがおーっとなるように、練習の成果を見せたい」
岡井「ハードル上がった」
萩原「でもそれくらい練習したから」

2.「℃-uteの本音トーク」

「ケガしてるのに」
萩原「あれは本気で『なかった』」
メンバー「何?」
萩原「最近まで右脚を怪我していた。今はダンスが出来るくらい回復してきたけど『あるメンバー』が右脚をパーンと叩いたりしがみついたり踏んだりしてきた。
「そのメンバーは『右脚痛いって言ってんじゃん!』と怒ったら『あーはーはー、ごめん』とヘラヘラしていた」
ビジョンにバツの悪い表情をした岡井が映し出される。
萩原「ね、千聖?」
岡井「わざとじゃない。私は一番心配していた」
客席からエーイング
岡井「何も知らない癖に!」
会場、笑。
岡井、しどろもどろになる。無意識に脚に巻き付いちゃったときもあって舞ちゃんに「いてーよ」と言われたとのこと。
岡井「千聖はいつでも舞の右にいるよ」
萩原、照れ笑い。
このトーク中の並びも岡井(右端)が萩原の右だとメンバーが指摘。

「いつか仕返ししてやる!」
矢島「何年も前、お弁当に砂糖を入れられた。前回のツアーでも全く同じように引っかかった」
萩原「学ばないね」
矢島「この間もちさまいから仕掛けられた。楽屋でご飯を食べようとしたところスタッフに呼ばれた。話を聞いたら楽屋でも出来る話だった。改めてお弁当を食べようと顔を上げたらカメラがこちらに向いて置いてあった。『これ引っ掛けられてる?』と言ったらメンバーは『え?』と何も知らなさそうな反応。『気になるんだったらカメラどかそうか?』となっきぃがカメラをよけてくれたけど鏡越しに私が映る位置だった。 私の被害妄想かな?と思いお弁当を食べた。砂糖はかかっていなかった。食後に緑茶を飲んだら紅茶の味がしてやられたと思った。引っ掛けたでしょ?と言って楽屋を出ると『きゃー、ばれたー』というちさまいの声が廊下から聞こえた。
スマイレージのあやちょもメンバーから(いたずらを)引っ掛けられやすい。ナルチカのときあやちょが『(自分たち以外の)お水に砂糖を入れません?』と提案してきたが結局やらずじまいだった」
岡井「今(この公演で矢島が)飲んでる水に砂糖を入れたの知ってる?」
矢島「え?」
岡井「砂糖を入れた。ジョリジョリしてるのがばれないようにストローを切って」
矢島「嘘でしょ? 私飲んでた?」
岡井「飲んでた。舞美ちゃんは味覚がおかしいんだよ」
糖分の摂りすぎだと矢島、メンバーたちが盛り上がる。
矢島「いつか仕返しする!」

3.アンコール明け

鈴木「始まる前みんな心臓がバクバクだった。単独ツアーは久しぶりで五年ぶりに再結成してやったくらいの感覚。今回のツアーはショーとして楽しんでもらうのをコンセプトにやっている。怪我なく乗り切りたい」

萩原「緊張がずっとバックバクでずっとバックバクでずっとバックバクだった。脚の怪我がツアーに間に合うか分からないと言われていた。せっかく練習してきたのをふいにしたくないと思っていたが無事に間に合ってファンの皆さんと楽しめて本当に幸せ」

岡井「無事に初日を迎えられてよかった。今回はポールダンスもあって」
メンバー「千聖はやってないじゃん!」
岡井「(両側にいる中島と萩原が)落ちてくるんじゃないかと心配だった」「ひなフェスで『彼女になりたい」を歌った。今日客席を見て自分のファンだった人が黄色いTシャツを着ているのを何件も目撃して『研修生(のファン)になっちゃったのか…』と落ち込んでいた。でもその人たちのTシャツをよく見ると『岡丼』と書いてあった。
私は研修生よりは歳が少しいってしまっているけど同じくらいピチピチで頑張るので、研修生も℃-uteも応援して欲しい」

中島「『Crazy』のとき、客席が『来るぞ来るぞ』と予期しているのが伝わって来てポールダンスをするのがバレていたか?と思った。これから緊張しないで楽しめるように動きを身体に入れていきたい」

矢島「単独ツアーは久しぶり。ステージに立ち『ああそうだこんな感じだ』と思った。衣装が色々と可愛くて今の衣装も海の中の宝石みたい。ダンスでは階段を使ったり今までにないことをやった。今日来てくれた皆さんがまた来たいと思ってくれれば嬉しい」


(4/5公演を終えてのメンバーたちのブログ)

-中-
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初日!mai
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初日(あいり)
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皆さんこんばんは!千聖
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2014年3月31日月曜日

音楽家の苦労話ではなく、音楽を聴こう。

Twitterを眺めていたら、あるジャーナリストが「(前略)感動した」という言葉を添えて上原ひろみが公式サイトに載せた文章を共有していた。

メキシコへの長い旅」という、3月25日付けの記事だった。夜にメキシコでの公演を控えた上原ひろみトリオ。前日にもアメリカでコンサートをやったばかり。少し仮眠を取っただけでほとんど寝ていない。

アメリカからメキシコへの移動中に問題が発生する。国内で乗り継ぎの際、空港で機内へのベースの持ち込みを許可してくれない。国内便は楽器の持ち込みが出来るという法律があるはずなのに、いくら粘っても航空会社の職員はダメだの一点張り。大切な楽器を雑に扱われて壊されることを考えると、上原の側も譲れない。

ここで展開を全部なぞっても仕方がないので詳細は割愛するが、最終的には上原が不屈の精神でベースを飛行機に持ちこむことに成功する。メキシコでは観客を大満足させ、公演は成功裏に終わる。

上原たちはベースの持ち込み拒否の他にも様々な困難に襲われている。記事をざっと一読しただけでは起きた問題のすべてを正確に把握するのが難しいほどである。

そんな過酷な状況を、とにもかくにも歯を食いしばって粘り強く乗り越えて、最後には大きな喜びを手に入れる。

上原は記事をこう締めくくる。
そして、次の日のメキシコ公演、その次の日のロス公演を終え、
私は今ルーマニアにいる。
さぁ、今日も限界まで、やってやろうじゃないか。
勝利の美酒を味わう暇もなさそうである。手に汗を握る展開。焦燥感と疾走感、達成感がこぼれ出てくる、勢いのある文章だ。

これだけのガッツと体力を持ち合わせた上原ひろみ。もし彼女が会社員だったらベンチャーを渡り歩いていただろうかなどと無職ながらに想像した。

ただ、機材の移動に苦しんだかどうか、飛行機のダブル・ブッキングに見舞われたかどうか、睡眠をきちんと取れているかどうか。それらは彼女の音楽の美しさと愉しさとは関係がない。むしろ機材もメンバーも余裕を持って現場に到着してほしい。その方が余計なことに神経を使わず音楽に集中出来るだろう。可能な限りたっぷり休養を取って、ちゃんと寝てほしい。心身ともに健康で長く創作と演奏を続けてほしいからだ。あの上原ひろみがこんな苦労をしているからと言って、過労をしているからと言って、それらを美化する必要はまったくないのだ。

「成功者がこういう苦労をしている」、だから「そういう苦労は成功するために大事なんだ」という思考回路を断ち切らないといけない。他の誰かが上原ひろみの苦労を真似したところで上原ひろみにはなれないのである。

成功に、人生に、再現性などない。「私はこうやって成功した。だからあなたも同じことをやれば成功する」というビジネス書が掃いて捨てるほど書店に並んでいるのに、読者は一向に成功しない。

℃-uteの武道館公演が決まったときメンバーの誰かが「夢は口に出すと実現する。だからみんな自分の夢を周りに言おう」というようなことを言っていた。だが世の中に夢を公言した人は他にも山ほどいるわけで、その大多数は夢を実現出来なかったはずだ。ただその人たちが「夢は口に出しても実現しない。だから他人には言うのはやめよう」と言わないだけの話だ。

世の中には、自分の苦労を延々と自慢して「だからお前も苦労しろ」という意味不明な説教をしてくる始末に負えない馬鹿までいる。これも、前述の「成功者(ここでは自分)がこういう苦労をしている」と「そういう苦労は成功するために大事なんだ」を結びつける思考が前提にある。人生で苦しかったり大変だったりしたことは、それを乗り越えてからいい思い出になる。「あの頃があったから今の私がある」と後付けで意味を与えたくなる。それは自分に留めておくべきで、一般的な法則として他人に語るべきではない。同様に、成功者の苦労話から何かしらの教訓や指針を導き出そうとするのも馬鹿げている。

私は上原ひろみの独創的な音楽と、演奏しているときのチャーミングで情熱的な姿がこれ以上ないくらいに大好きだ。私たちが「感動」して共有すべきは彼女の類まれなる音楽であって、苦労話ではない。だからもし彼女の音楽に触れたことがなくてあの文章を面白いと思ったら、彼女のCDを何か一枚でも買って聴き込みましょうよ。どれを買っても外れはないから。5月21日には新しいアルバム『ALIVE』が出ますよ。

2014年3月29日土曜日

スキル競争。商品としての自分。鎮座DOPENESS。

凡人の働き手が身に付けるべきは「どこでもやっていけるスキル」ではなくツテではないだろうか。

「どこでもやっていけるスキル」を持った人材になるということは、労働市場の中の商品として上澄みになるということである。それを目指せるのは定義上、ごくわずかな人しかいない。もしくは、どんな雑用もこなす奴隷になるということである。(海老原嗣夫の『日本で働くのは本当に損なのか』に職業は習熟度が高くなればなるほど移動が出来なくなり、産業間を渡り歩けるのは一部の経営層かエントリー人材という指摘がある。)

市場は相対評価であり、減点法である。何かを多数の候補から一つに絞るときには消去法が必要になる。どれかを選ぶ理由だけでなく、それ以外を選ばない理由が必要なのだ。市場の商品になるということは欠点を探されるということである。

市場という客観的視点を抜きにして、加点法で自分のことを絶対的に評価してくれる人たちが、人生で最も大事にすべき人たちである。それは人によっては家族が当てはまるかもしれないし、親友がそうなのかもしれない。もちろん、自分にはそういう人などいないという人もいるかもしれない。

「お前と一緒に働きたい」と言ってくれる仲間が、会社員が手に入れられる最大の財産である。

漠然とした「世の中に必要とされるスキルを持った人材」として「まだ会ったこともない誰か」に評価されようとするのではなく、具体的な誰かに、盲目に選んでもらうようになるのが大事なのだ。

広く「世の中」や「業界」一般で生き抜こうとするのは、自分から固有の人格を剥ぎ取り、比較可能なデータに単純化することである。

比較可能なデータになればなるほど、不利なのだ。なぜなら自分と似たような価値を持つ人、自分より価値の高い人がいくらでもいるからだ。あなたである必要はないのだ。競争は値段(給料)も下げる。

市場の商品になってしまえば、人は「戦力」「人材」に抽象化される。人格を持った「○○さん」ではなくなるんだ。「○○歳くらいの、○○という経験を持った人が欲しい」という企業にとって、条件から外れる応募者の年齢は欠点なのである。しかし本来、年齢はその人の欠点でも何でもないのである。

鎮座DOPENESSというMCのバトル動画をYouTubeで観て衝撃を受けた。ろくに韻も踏まずに、時として内容ですら分が悪いように見えるのに、最後には勝ってしまう。対戦相手は「鎮座DOPENESS」と「韻など踏めず」で韻を踏んでそこを突くのだが、ビクともしない。韻のうまさは計測可能。そこで勝負しているMCはDOPENESSに勝てない。立ち振る舞いや雰囲気、独特のフロー(歌い方)で、DOPENESSは場を飲み込んでしまう。計測のできない魅力。

いつかのMCバトルで、メシアtheフライとの決勝戦の模様がYouTubeにあった。鎮座DOPENESSは、メシアtheフライが投げてくる色んな問いかけには正面から答えず、のらりくらりとかわしながら独自の世界を繰り広げ、どういうわけか最後には勝ってしまうのだ。

鎮座DOPENESSの虜になっている私から見ても、内容でも韻でもメシアtheフライが一枚上手に見えた(異論は認める)。鎮座DOPENESSのバトル動画を漁って見ていると、彼はヒップホップ用語で言うところのバイブス(雰囲気)や彼にしか出来ない予測の難しいフローを通して、技術を超えたところで対戦相手だけでなく観客や審査員をも圧倒しているのだ。

晋平太はバトルの中で鎮座DOPENESSの支持者を「信者」と揶揄していた。実際、バトルによっては少し鎮座DOPENSSに分が悪いように見えても、鎮座DOPENESSだから無条件に応援している人もいるような印象を受けた。でもそういう支持を集められるのが彼の強さなんだ。



競争が激化すると、その土俵に上がるために必要な基本的なスペックが高度になる。

例えば「これから生き残るには英語が必要だ」という風潮に対応するためにみんなが本当に英語を身に付けると、英語がある程度できるのを前提に別の能力や技能が「これから生き残るのに必要なスキル」の一覧に加わるだろう。生存の条件が底上げされるのだ。

競争は相対的な優劣で勝負が決まるのであって、いくら自分が訓練を通して何かの技術を習得したとしても、それが他の多くの人たちでも出来ることであれば、商品としての自分の強みにはならないのだ。その技能の習得がどれだけ大変かはあまり関係がない。

そして、一旦「みんながある程度は出来る」ようになった技能は、「非常によく出来る」ことの価値も減退するのだ。仮に日本人の大半が文字が読めなければ、きちんと読み書きが出来るだけでそれなりに食い扶持を得ることはできたかもしれない。日本人のほとんどが識字出来る現代では、読み書きが出来ることで優位に立てる職業はほぼ皆無であろうし、同様に識字において高度に訓練されている(難解な漢字を書けるとか)ことが評価される仕事もほとんどないだろう。「ある程度」が全体に行き渡ると、その能力や技能そのものが陳腐化し、それが高度に出来ることもそれほど評価はされづらくなる。

日本のヒップホップにおける韻が、そういう技能になっている。出来るのが当たり前。特別うまくはなくてもあまり攻撃の材料にならない。かなり上手でもそれだけではふーんで済まされる。

かつては韻が踏める・踏めないがヒップホップであるかどうかを判断する上での一つの大きな指標だった。今ではJ POPの枠内にあるラップでさえきれいに韻を踏むようになった。「キック・ザ・カンクルーとは何だったのか。」でも書いた通りである。

キリコのようにあえて韻にこだわらないMCも頭角を現した。鎮座DOPENESSもそうだ。そういうMCが活躍できているのは「お前は韻が踏めていない」というのが日本のヒップホップにおいて有効な攻撃ではなくなったからだ。

韻がありふれた技能になったから、リスナーにとって、しっかりと韻を踏んだラップのありがたみが減った。以前は、韻そのものが珍しく、韻を上手に踏めばそれだけで面白いラップになった。極論すると。それをとことんまで突き詰めたのが走馬党クルーと言えるのではないか。

スペックのみの勝負だと、その商品の価値は誰が見ても大体同じだ。ある人は最高評価を与え、ある人は最低評価を与えるというのは考えにくい。英語がTOEIC 800点の人は(TOEICが英語の技能を判断するのに妥当かは別にして)誰が見ても「TOEIC 800点レベルの英語力を持った人材」なのであって、それ以上でも以下でもない。

「その人であること」それ自体が評価や支持の理由になれば、その人を好きな人は無条件で支持する。TOEICが何点だろうが関係ない。

企業の選考でいくら人柄を評価の項目にしたとしても、その「人柄」はあくまで他の候補と比較するスペックとしての人柄だ。「戦力」として自分たちの一員に加えたいかどうかを決める上での、商品を相対評価で査定する上での項目の一つにすぎない。家族や親友はその人がその人であるという理由だけで愛するのであって、誰それより優れているから付き合っているわけではない。

自営でお店をやっている人が家族を従業員にする理由は、家族だから。それだけだ。求人に応募した候補者たちを採点した結果「戦力」「人材」としてポイントが高かったからではない。

「戦力」「人材」という市場が発達していくと、要求されるスペックは、どんどん底上げされていく。値段も限界まで安くなっていく。その上、年齢という逆らえない指標も極めて大きな要素である。つまり、年齢を重ねていくだけで基本的に「戦力」「人材」としての値打ちは下がっていくのだ。そんな中、市場での評価を狙ってスペックを磨いていくのは大半の人たちにとっては分が悪すぎる勝負だ。

自分のことを「○○さんだから」という理由で信頼してくれる人を一人でも増やしていくのが、一時期もてはやされた「グローバル人材」のような浮ついた目標よりもよほど現実的ではないだろうか。

私は、個人的なツテをたどって転職する人のことを、最初は格好悪いと思っていた。一種のずるのように思っていた。自分の実力で勝負するべきだと思っていた。

でも、実力なんてものは明確に定義できるものではないし、ましてや書類と一時間の面接で得た印象で正確に推し測れるものでもない。

その人と実際に何年も仕事をした上でその人と一緒に働くのが好きだと思わせることが、働き手にとっては何よりの勲章であり、実力である。

面接のときに初めて顔を合わせる相手たちから疑いの目を向けられ、試され、品定めされる「就職市場・転職市場」は、かなりのクソゲーである。

理論上、求職者は企業と対等に交渉する立場である。実際には立場が強いのは企業に決まっている。就職や転職の市場において求職者は商品であり、企業は消費者である。消費者と商品が対等なわけがない。

応募者を審査する側は、いくらでも落とす自由がある。求人を出して、数十人が応募してきて、十人を面接に呼んで、ピンと来なければ一人も採らないという選択が出来る。

労働者には会社に入ってから辞める自由と、ある会社に応募しない・行かない自由はあるが、好きな会社を選んで勤務する自由はない。働かない自由というのも一応はあるが、一時的ならともかく、何らかの理由で大金を持っていない限り長くは続けられない。生活が成り立たない。

応募者が求職時に職に就いているかどうかで企業との力関係は変わるかもしれない。「お宅に行かなくても食い扶持はあるんだ」「現にこれだけのお金をもらっているんだ」という事実があった方が交渉において有利だろう。だが、それでも対等ではない。

採用する側が「採用基準」を偉そうに語って本まで出版するのを見ることはあっても、求職者が「入社基準」を偉そうに語っても誰も相手にしない。

自分を市場に放り込むということは、自分を商品にするということ。資本主義の世の中では避けられない。でもそれ一辺倒になってしまうと苦しい。労働に重きを置く社会で、「自分」という商品が労働者の市場で売れないと、存在を否定された気持ちになるからだ。だから就職活動は疲れるし、大学生の自殺者まで出る。

鎮座DOPENESSは、リスナーや他のラッパーから韻が踏めないとディスられても痛くも痒くもないはずだ。(少なくとも業界で一般的に規定される形での)「スキル」という次元で、彼は勝負しているわけではないのだ。それどころか、彼はラッパー・MCという枠にもとらわれていないのではとさえ思う。私にとってバトル動画を通して見る彼の勇姿は、ひたすらに眩しいのである。

2014年3月25日火曜日

ラーメンたべたい?

アルバム『Get Together - LIVE IN TOKYO』で矢野顕子が歌う「ラーメンたべたい」という曲を聴いて、何とも言えない気持ちに襲われた。

たまたま同時期にテレビで矢野を追ったドキュメンタリー番組を観たのが影響している。その番組では国をまたいで活躍し長年のキャリアを積んで名声を得た今でも新しい音楽に意欲的に挑戦する、類まれなる表現者としての彼女の姿が見て取れた。

そういうアーティストとしての偉大さとは別に私の印象に残ったのは、この人はおそらくお金持ちな家庭で上品に育ったんだろうなと思わせる振る舞いやエピソードだった。拠点を構えるニューヨークで、馴染みの店でアクセサリーを物色する姿。番組の制作陣を同行しているのを見て「有名人だとは知らなかったです」という店員に「そんなんじゃないのよ」と返すときの、本当に感じのよい、嫌味のない仕草。公式ソングを歌うことになった伊勢丹は子供の頃からよく来ていて、以前から大好きだったという話。

矢野顕子はセルアウトして金持ち用の百貨店である伊勢丹の公式ソングを作ったのではなく、元から伊勢丹に通い詰めるお嬢様だったのだ。そういう出自なのであって、伊勢丹って素敵というのは彼女にとっては背伸びをしない等身大のリアルな思いなのだ。

そんな彼女が歌う「ラーメンたべたい」は、本人がどういう気持ちで歌っているかは別にして「裕福な家で上品に育ち今ではアーティストとして大成功しニューヨークで暮らしている私だってたまには庶民の味であるラーメンを食べたくなるものよ」と私には聞こえてしまうのである。もちろんここには私の勝手な想像や飛躍、妬みが大いに含まれるわけだが、どうしても純粋に聴くことが出来ないのだ。

だからラーメンへの熱い思いを歌い上げる矢野に対して、私としてはそうそう分かります、無性にラーメンが食べたいときってありますよね!と同調する気持ちは湧いてこない。おそらく「ラーメンたべたい」というのは多くの日本人が共感できる欲求なのだろうが、私にとっての「ラーメンたべたい」と矢野顕子にとっての「ラーメンたべたい」は違うのだ。

首相がテレビの庶民的なバラエティ番組を無形文化財といって褒め称えても、それらを本当に日々の生活で観ている庶民とでは住んでいる世界は違うのであって、その断層は埋めがたい。同様に、伊勢丹が大好きだという矢野顕子と、公式ソングのビデオクリップ撮影時に矢野の後ろで笑顔で踊っていた伊勢丹の販売員たちとの間にも、確固たる断層がある。あの販売員たち同様、私も破産せずに伊勢丹で気ままに買い物が出来る身分ではない。

2014年3月23日日曜日

祭りの後。

友人の結婚式に行ってきた。人生の中でもそう何人も出会うことはない、いわゆる親友と言って差し支えがない奴だ。そうじゃなければ招待は断っていた。

俺は今、あまり他人の結婚式にのこのこ出かけていられる状況ではない。職がないからだ。何と言っても、金がない。ご祝儀を出せば生活が破綻する。気も進まなかった。企業の選考に応募しては書類で落ちたり面接で落ちたりというのを何度か繰り返しているうちに、悲観的な気分がデフォルトになってきた。毎日ほんの少しずつ精神は摩耗し、弱ってきている。こんな境遇と精神状態で他人の結婚におめでとうだなんて言う気は起きないのだ。

眠りについたらそのまますべてが終わりになってくれないだろうか。そうなってくれればどんなに楽だろう。布団の中でそう思ったこともある。それも悪くないかもなと思いかけた途端、先週会って一緒にお昼ご飯を食べた母親の顔が頭に浮かんだ。俺が死んだら母が悲しむ。何があっても親より先に死ぬことだけは避けたい。朝の8時過ぎになると自然に目は覚める。当たり前のように一日が始まる。憎らしいくらいに空は青い。布団を干す。洗濯をする。

子供の頃に歯が立たなかったファミコン・ゲームの攻略動画をYouTubeで観るのに最近はまっている。「バットマン」。「ティーンエイジ・ミュータント・ニンジャ・タートルズ」。「さんまの名探偵」。「ドラえもん」。あの頃に分からなかった謎が解明されていく。人生の伏線を回収しているというか、何かこう、人生を締めくくっているような気持ちになってくる。冗談のような、冗談ではないような。

人生の先行きは見えないが、精神状態が悪いときでも積極的に死にたいとまでは思わない。日付のついた楽しみが、俺を未来につなぎ止めている。5月に出る上原ひろみのアルバムを聴かずして、死ねるか。GW中のキース・ジャレットの公演を会場で観ずして、死ねるか。この間、精神的に凹んで頭がボーッとして布団の上で天井を見つめていたらインターフォンが鳴って、出たら再来週の℃-ute五反田公演のチケットの配達だった。あんまりいい席ではなかった。チケットに印刷された日付を見て、まだ生きなきゃなと思った。

披露宴では一人一人の席にメッセージが置いてあった。自分のを開けると彼にとって俺は「仕事、人生観、遊びと、自分に一番影響を与えてくれたかけがえのない友人」だと書いてあった。俺は彼から多大な影響を受けたが、俺が実際のところどれだけ彼に影響を与えたのか、分からない。

何人もの元同僚たちと再開した。「元気?」と何人かに聞かれてその都度「元気じゃねえよ(元気じゃないですよ)」と返した。ある人は顔を合わせるや否や「今、ニートなんでしょ?」と煽って笑ってきた。ある人は転職したときに活動に一年かかり、いま勤めている会社に決まるまで合計で20社に落ちたと言っていた。ある人は無職生活の精神的なつらさが分かると言ってくれた。彼は無職になったことはないが、仕事で先が見えない不安からパニック障害になったことがあるらしい。結婚式に呼んでくれた友人ともう一人の友人は、夏頃に一緒に山登りに行こうという話をしてくれた。企業の面接官たちと違い、元仲間として、人間として温かく接してくれる彼らのおかげで、だいぶ救われた。

結婚式という場は、人生への肯定感で溢れていた。みんな笑顔で、楽しく、祝って、笑っていた。社会への不満、人生への絶望、将来への不安が入り込む余地など微塵もなかった。それはそれで不自然ではあるが、自分が日々で忘れていた温かさがそこにはあった。

結婚式に参加することで、人生を肯定していて心に余裕がある多くの人たちと触れ合い、少しだけ心が浄化された気がした。安定した職に就き、生活の基盤が確立していて、社会的地位が確保されている人々だからこそ出せるゆとりを感じた。

他人の結婚式に出ることが人生で最大の娯楽になっている人々が一定の割合でいるのだろうと、盛り上がる参加者たちを見て、思った。彼らにとっての結婚式はハロヲタにとっての現場のようなものなのだろう。退場するとき握手会じゃないけど贈り物の手渡し会があるしね。

一晩明けて、披露宴でもらったメッセージを見返した。もし俺が本当に彼に影響を与え、彼の人生の中で少しでも重要な位置を占めてきたとすると、俺が自分の人生を否定すれば、それは彼の人生を否定することにもつながるのではないか。

死ねない理由が一つ増えた。

2014年1月15日水曜日

服ヲタクを辞めます。

服ヲタクを自負してきたが、そろそろその看板を下ろそうと思う。

私のことをよく知る友人は、びっくりするかもしれない。

私のことをよく知らなくても、「大学時代までJEANS MATEで服を買っていた俺が、ヨウジとギャルソンを愛好するようになるまで。」を読んでくれた人なら驚くかもしれない。

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3年前の文章で書いてきたように、2005年に就職して以来、私のファッション・服への情熱は並々ならぬものがあった。人生の一つの軸だったと言っていい。

時間がたつにつれて熱意が徐々に冷めてきているのは感じてきたが、現在では明確に服ヲタクとしての自覚を失った。

あれだけ好きだったのに、なぜ? 煎じつめると、以下の三点だ。

理由1.あまりにもお金がかかり過ぎる。

理由2.いつまでたっても満たされない。

理由3.他の安価で楽しい娯楽を覚えた。

これらの理由が組み合わさることで、服ヲタからの卒業を決意するに至った。

理由1.あまりにもお金がかかり過ぎる。

私が働き始めてから服にどれだけのお金を費やしてきたのか、定かではない。500万円は下らないだろう。1000万円までは行っていないかもしれないが、その間のどこかだと思う。この金額を頭に浮かべる度に、その金額を貯金できていれば・・・という思いが頭をよぎる。

もし服に使っていなくても、他の何かに使っていただろう。お金の大切さをほとんど理解できていなかったからだ。

私はお金に関して無邪気すぎた。会社員という身分に慣れ過ぎて、給料が安定的に入り続けることが当然だと思っていた。むしろ自分がもらっている額は少ないと思っていた。給与明細の内訳もまともに理解していなかった。毎月、額面と手取りの額を見て少ないなとかちょっと多いなとか思っていた程度だった。健康保険料、住民税、年金などは何か引かれているなくらいの認識しかなかった。少し踏み外せば職がなくなり給料をもらえなくなる生活が来るとは想像も出来なかった。

職を失って、お金が生死に関わるほど大切だということが身に沁みた。収入がなくても前年度の収入に応じて請求される国民健康保険料に、住民税。国民年金の督促状。会社に勤めていた頃は何となく天引きされるのを横目にしていただけだった。一つ一つの請求書と向き合って、金額にげんなりして、初めて税金の重さを理解した。

服にどっぷりはまっていた頃は金銭感覚が麻痺していた。何せあの世界では、3万円のジーンズをお手頃ですよと言って勧めてくる。1万円のTシャツをちょっとした記念に買わせようとしてくる。そうやって何となく消える数万円が、境遇が変われば生活を続けられるかを左右することがある。それを分からずに、物欲に身を任せて貴重なお金を使ってしまうのは愚かなのだ。

最近、服が好きな友人たちと3人で飲んだ。私以外の2人は最近、結婚した。月の小遣いは2万円だと言っていた。月に2万円だと、年間に24万円、半年で12万円。服以外への出費をゼロにするという無理のある仮定でも、1シーズンに12万円しか使えない。12万円というとファッションの世界を知らない人は十分じゃないかと思うかもしれないが、すぐに吹き飛ぶ金額だ。服以外には1円も使わないのは不可能だから、実際にはもっと少なくなる。

そこまでして切り詰めて、毎シーズンのように服が欲しいだろうか。話した感じだと、彼らの服への出費は激減しそうだった。服をたくさん買っていた頃、私たちは消費者としての自己実現を楽しんでいた。いつまでもそこに留まっているのは幼稚なのだ。

理由2.いつまでたっても満たされない。

服を着ることには自己表現という一面も、たしかにあるかもしれない。だが、基本的にはファッションや服を楽しむのは消費であって、何かを生み出す行為ではない。デザイナーが作り出した世界や世の中の流行に、お客さんとして関わっているのだ。

あくまで消費者であって、ファッション・ヴィクティムだ。常に新しいのが欲しい。次が楽しみ。いつになっても、いくら使っても、終わりは来ない。その過程で、ブランドの売上に貢献するのを除けば、他の誰かを助けるわけではない。自分の欲求を満たしているだけ。でもずっと空腹なんだ。

『ビル・カニンガム&ニューヨーク』というドキュメンタリー映画で、ビル・カニンガムがこう言っていた。
「ファッションに否定的な声もある。『混乱を極め問題を抱えた社会で、ファッションが何の役に立つ? 事態は深刻だ』と。だが要するに、ファッションは鎧なんだ、日々を生き抜くための。手放せば文明を捨てたも同然だ、僕はそう思う」(訳の出典はhttp://eiga.com/extra/sasaki/3/)
毎日を生きていくためにファッションや服が必要というのは、自分のことを振り返っても思い当たる。私にとって服とは仕事をする理由だった。好きな服を選ぶ喜び、身にまとったときの高揚感。安心感。それらを得るための給料だった。仕事のストレスや疲れの大部分は服が癒してくれた。

それをずっと続けるわけにはいかない。日々の強いストレスや不満を高いコストのかかる娯楽や趣味で解消するのは消耗戦である。疲れたときの栄養ドリンクのようなもので、一時しのぎにはなるかもしれないが、長期的には疲弊するばかりで、依存症になって、幸せにはなれない。

ファッションは素敵だ。その考えを捨て去るつもりはない。私のことも鎧として守ってくれたのに、いきなり手のひらを返してディスるつもりはない。

今さらユニクロや無印の服に移れるわけがない(下着や寝間着を除く)。今後、ヨウジ・ヤマモトやコム・デ・ギャルソンの店舗にいっさい足を運ばないわけではない。でも、頻度はだいぶ落ちるだろう。

ファッション業界は、産業である以上、常に新しい服を作って売りださないといけない。そうしないと事業が成り立たない。関係者が生活できない。ただ、一人ひとりの消費者がそれに合わせて新しいものを買い続ける必要はない。

理由3.他の安価で楽しい娯楽を覚えた。

服の金額よりもはるかに安い金額で楽しめる娯楽が、世の中にはあまりにも多い。

ハイキング。私の今の住処からだと、6,000円くらいあれば埼玉の小川町に行って、昼食を食べて、静かなハイキング・コースを歩いて季節を感じ、温泉で岩盤浴とロウリュ・サウナを堪能し、世界一うまいポーク・ソテーを食って、帰って来られる。

友人との歓談。数千円出せば、一緒にうまいものを食って、酒でも飲みながら話が出来る。

音楽。何十回と聴き返しても飽きず、期間を置いて聴き直しても新たな発見があるようなジャズの名盤がCDで一枚1,000円から1,500円で買える。

映画。名画座に行けば過去の名作が1,300円で2本、観賞できる。

本に関しては説明するまでもない。

喫茶店に入れば、数百円でおいしいコーヒーを飲みながら、好きな音楽を聴きながら好きな本を読める。

もちろん、お金をかけて初めて見える世界があるのはたしかだ。一流のサービスや製品。それは服ヲタク時代にたっぷり味わったからよく分かっている。でも日常的に高いお金をかけなくても生活を楽しむことは出来る。

今後、私はどういう服を着るのか

お金の大切さが身に沁みた。服をいくら買い続けても満たされないことに気付いた。他の安価な時間の楽しみ方を覚えた。今後の私が以前のような勢いで服にお金を注ぎ込むようになるとは考えにくい。では何を着るのか?

一つ言えるのは、アウトドアの服は重用していくだろうということだ。2011年にトルコに旅行した。3月で場所によってはマイナス15度とかだった。同行した旅慣れた友人の勧めで、防寒用の服をアウトドア用品店で買った。それ以来、アウトドア服の虜になっている。

店内を見ていると着丈が短くてフードがでかいマウンテンパーカがあった。店員さんによると、着丈が短いのはクライミング時に腰に道具を付けるため。フードがでかいのはヘルメットを装着した上にかぶるため。てっきりおしゃれのためかと思っていたが無駄のないデザインに感心した。

そのときに買ったTHE NORTH FACEのマウンテン・パーカ(シェル)が今でも重宝しまくっている。夏を除くすべての季節に使える。飛行機の中でも重宝する。空調で変に風がふいており、普通の服では防ぎきれないのだがこれを着用すれば快適。

ネック・ウォーマー。朝の寒さが苦ではなくなった。首回りの防寒という目的に対して無駄がないというか、マフラーをあざ笑うかのような最小限のデザインがいい。

メリノ・ウールの靴下。クッション性が高く履き心地がよい。保温性がありながら蒸れにくい。普通の靴下には戻れなさそうだ。

実用性、機能性と、無駄のないデザインに、納得できる価格。服の高級ブランドに比べれば、ブランド・イメージの幻想ではなく実際に役に立つ何かにお金を払っているのを実感できる。

もっとも、全身アウトドア服だと登山の格好そのものになってしまうので、他の服とうまく組み合わせる必要はある。THE NORTH FACEのシェルに、ジュンヤのeyeのパンツがよく合う。そういう感じで組み合わせていくのが自分のカジュアルな格好としては中心になっていくだろう。