とにかく飯
駅を出た俺らにとっての差し当たっての目的は、一つしかない。昼飯を食う場所を探すことだ。宿舎を出るのが遅かったため、まだ何も食っていないというのに昼の1時が近い。
正確に言うと、探すというよりは「見つける」ことだ。というのも、電車の中でガイドブックを見て、行きたい場所を決めていたからだ。
それは、ファミレス感覚で入れるという、フランチャイズ展開している中華料理屋だ。ガイドブックの写真を見たイメージだと、日本でいうバーミヤンみたいなもんなんだろうと思う。
しかし、近いところまで来たはずなんだが、どうも店を見つけることができなくて立ち往生。すると、いきなりパンダが地図を片手に何かの店に突撃し、店員さんに道を聞いてきた。「向こうだ」と、爽やかな笑顔で指差すパンダ。俺はちょっと驚いた。こいつは単身で海外に行ったこともあるのだが、そういう経験の中で、こういう思い切りのよさ、勇気を身に付けたのだろうか、と感心する。言葉が分からないのに。
どうやら、パンダ野郎が得てきた情報によると、店は俺らがついさっき通り過ぎたところあったらしい。そして、数十秒歩くと、あったあった。何で見落としていたんだ。
2階に案内された。店員は俺らと同年代くらいで、いかにもバイトという感じ。
机に色とりどりのメニューが貼り付けてあったり、バイトがせわしなくそこら辺を徘徊していたりして、高級な雰囲気は一切ない。
メニューは、机に書いてあるのとはまた別に冊子版があった。全部、英語が併記されているので助かる。
迷った挙句、俺はチャーハンとマシュマロ・チョコとかいう冷たい飲み物、あとチキン・シーザー・サラダ、パンダは何か鶏肉の名物料理のセット(昨日俺が昼に食ったのと同じ料理のようだ)を頼んだ。しかし、注文して間もなく、俺が頼んだのはチャーハンではなく、その一つ上のメニューだったことに気付き俺は明らかに悔しそうな表情だった。
俺が間違って頼んでしまったのは、ご飯に魚と野菜のあんかけをかけたものだった。独特の香りがちょっと気になったが、まあおいしかった。しかし、何だこの量は。ご飯が茶碗3、4杯分くらい入ってるぞ。途中から食べるのが苦しくなってきた。これからさらにチキン・シーザー・サラダが机に投下されるわけだが。戦々恐々。
大杉
追い討ち
そして来た。追い討ちが。でかいよ。最初は俺一人で食うつもりだったのだが、パンダに頼み込んで二人で食ってもらうことに同意してもらった。パンダが頼んだ料理は特別多くなかったのだが、それでもかなり満腹らしい。彼が言うには小食なのだという(やせてはいない)。
ナイフとフォークでチキンを切り開き、必死に胃に収める。たしかにこれはおいしい、俺は鶏肉が好きだし。でも、今の俺にとっては苦痛促進剤でしかない。
パンダも、食ってくれると約束しておきながらほとんど食わなかった。半分くらいやっつけたが諦め、罪悪感を感じながら席を立つ。
注文しすぎた。実のところ、何を頼むかの議論の段階で、パンダ野郎から警告されていたんだ、多すぎると。ちょっと反省。料金は二人で150ドルだったが、反省の意味で、会計を済ませたパンダに俺が100ドル払った。当然だよな、という感じでパンダは受け取った。
フェリーでマカオへ
さて、これからいよいよマカオに行く。
トラムに乗り、フェリーターミナルに行った。ターミナルのトイレの個室の扉に「~~専用」という表示がいくつかあった。一つは「美心専用」とあった。美心・・・美しい心を持った人しか入ってはいけないのか? それなら俺は真っ先に入っていいわけだが、たぶんそういう意味じゃないよな。(後になって、カフェの名前だということに気付いた。)蛇口にまで「~~専用」とあって驚かされる。
倒れやすそうな形だ
真ん中の線がトラム通り
ターミナル(ちょっとしたモールみたいになっている)内の地図を見て、チケット売り場へ。ここでいいんだよな、という感じでちょっと近くで立ち止まっていると、窓口の一つにいたおじさんが手招きをしてきた。
往復切符があるなら買いたかったが、そんなことを聞くスキもなく、俺らが手に入れたのは片道切符。買う時にパスポートを提示する必要があった。切符代は153ドルだった。2時5分出発だ。
船に乗り込んで初めて、俺はマカオまで1時間かかることを知った。
「1時間かかるのか? 先に言ってくれよ」と俺。パンダは「いや、それくらい知っとけよ」という的確すぎる突っ込みを入れて俺から反論の言葉を奪った。たしかにそういうことをまったく考えてこなかったよ俺は。ウォークマンを持ってくればよかったなあ・・・しかし。いや、ウォークマンじゃないか。この名称はあのメーカーの商標登録だからな。
出発前、俺の左隣にいたおばさんが席を外し、結構長い間、帰ってこなかった。パンダ野郎:「海に飛び込んだのかな」、俺:「いいなそれ! 絶対そうだ!」という危険な会話の内容は間違っていて、しばらくすると戻ってきた。
バスで真ん中ら辺へ
3時過ぎくらいだ。着いたのは。異国に来たわけだから、入国手続き。空港でのルーティーンと同じように、パスポートと、船の中で書かされた健康状態証明書みたいなやつ(サーズ対策のようだが自己申告制なのであまり意味はないような)をスタッフに見せる。
マカオの地に足を踏み入れてすぐ、アウェーの洗礼を浴びた。バスに乗ろうとしたのだが、バス乗り場のところにいたおばさんがおそらくシナ語で勢いよく何かをまくし立ててくる。俺らが困っていても、英語をしゃべりそうな気配などまったくない。いやあ、今までは何とか英語が通じたから半アウェーくらいだったけど、マカオはどうやら完全にアウェーだな。ちょっと覚悟。いや、完全にアウェーというのは言いすぎかもしれない。なぜなら、通貨が香港のをそのまま使えるからだ。
この船に乗ったんだと思う
バス内
マカオの真ん中あたりに行くことにした。(マカオというのはとても小さな国。具体的な大きさはググれば分かるが割愛。)そこら辺に行くバスに乗ったが、いくら払えばいいのか分からない。試しにパンダがオクトパス・カードを出してみるが、陽気なドライバーは「いや、それは使えないよ」という感じのジェスチャーを見せ(そりゃそうだろ、国をまたいで使えたら便利すぎる)、パンダの財布の中からいくらか小銭を取り出して小銭を入れるベルト・コンベイヤー的なところに落とし込んだ。俺の分も入れてくれたようで、俺には「君の分も払っておいたよ」みたいな身振りをしてきた。親切な人で助かった。料金は一人2ドル50セントだった。
どれくらい乗っただろうか、外の景色を見ている限り人が多くなってきて、何となくそれっぽくなってきたのでそろそろ降りることにした。
広場、砦、博物館
降りたところが、ちょうど「セナド広場」という、この国の中心地的なところだった。噴水があって、商店街のように色々な店とか露店が並んでいる。人が密集している。ボーイスカウトを見てパンダは「香ばしいな」とつぶやいた。
写真を見てもらえれば分かるように、アーケードはないし、建物はすべてヨーロッパ風だ。だから、「商店街のように」とは言ったが、風景はそのイメージとはかけ離れている。
セナド広場
セナド広場2(2010年8月1日追加画像)
セナド広場3(2010年8月1日追加画像)
教会
風景もそうだし、建物の中身もそうだった。たとえば「聖ドミンゴ教会」というのがあった。よく分からないまま入っていき、よく分からないまま出た。
広場を通り抜け、パンダの提案で、国をまたいでも変わらない不快指数の中、上り坂の道をつらそうに歩いて「モンテの砦」というところまで歩いた。展望台みたいなもんで、あちこちに、外側に向けて大砲が配置されている。
たしかに撃つのに適した立地だ
「砦」から
よく見ると、俺らが歩いてきたのとはまた別のルートがあって、そっちだとエレベーターを使って楽に来ることができたということに気付いた。が後の祭り。
一通り砦を歩いて、そろそろ大砲を見るのにも飽きてきたし、日差しに晒されるのも嫌になってきたので、室内に入ることにした。
室内に何があるかというと、「マカオ博物館」。面白さなんて期待できないとは知っていても、こういうのがあるとついつい入ってしまう。何かこういうのに入ると、その土地に観光をしに行った、というお墨付きをもらえるような気がするっていうか、奇妙な安心感があるんだよな。
チケットを買うと、何かよく分からない機械の前に立たされて、検査っぽいことをされた。何の検査なのか分からない。俺は最初入り口が分からなくて戸惑っていると受付の人がこっちだよと身振りで教えてくれた。恥ずかしい。
博物館は、中身は特に変わったところはなかったが、思ったよりは興味深かった。たとえば、展示の前に8個くらい?受話器が置いてあって、それぞれに国旗が書いてある。何かと思ったら、受話器を取って耳に当てると、その国旗の国の言葉での「お茶」という言葉の発音(たとえば英語なら"tea")が聞こえてくる。それだけのために受話器が置いてあるのだ。
英語の説明文を読む限りでは最初の印刷機(この国で最初ということか?覚えていない)だという、2メートルくらいの長さがある大掛かりな装置が展示してあった。英語と言えば、施設内の説明文は英語、シナ語、ポルトガル語で書かれていた。
あと、昔道端を歩きながら物を売っていた人たちの売り声を聞けるところもあって、これはなかなか面白かった。メロディアスなのと声が何だか哀愁を感じさせる感じがして、つい笑ってしまう。
パンダは現地の(?)子供とコミュニケーションをとったらしい。「何か展示を見てたらさ、消防(注:2ちゃん用語で小学生)みたいなのが何人も寄ってきて、何か話してきたんだ」。俺:「へえ。で何て言ったの?」。パンダ:「いや言葉が分からないから、 "Sorry, I don't speak Chinese"って」。俺:「そうしたらそいつらは?」。パンダ:「 "Oh! English! I don't know!" とか言って騒いでたよ。張り倒そうかと思った。小さいのに俺以上に英語をうまく使いやがって」。
博物館を出て下へと向かう
旅の恥
博物館を出ると、エスカレーターと階段で下に行った。聖ポール天主堂跡(今これをタイプしていて変換するときに語義が出てきたんだけど、「天主」というのはキリスト教で「天にいる神」の意味らしい)という、今は機能していなくて工事中の宗教施設があった。
「マカ才」に根付くキリスト教
その地下に行くと、納骨堂があって、何かの骨を収めてあった(当たり前だが)。荘厳な雰囲気を作るためにオペラ的音楽が流れていた。
公園
さらに階段を下りると、ルイスカモンエス(?備忘録の自分の字が汚くて読めないorz)公園という、いかにも公園なところに行き当たった。子供たちがあちこちにいて、寄ってたかってバドミントンをやっている。何だ、ここではバドミントンが人気なのかな?
一通り歩いたが、子供たちがバドミントンをやっているだけで、別にこっちとしては楽しくもないし、本当にバド厨が密集していて足の踏み場もないくらいで通るのにもちょっと気を使うので、早くここを出たくなってきた。
だが、出口がどこなのか分からない。同じ道を二度通るなど、迷路に迷い込んだかのようになってしまった。すると、目の前に図書館が現れた。一階建てだ。立て看板に、記憶は定かではないが「~~文学講座」と書いてあった。
「ここを突っ切って行けば公園を出られるんじゃないか?」とパンダ。だが、彼は本心ではインターネットをやりたいとしか考えていなかった。ガイドブックから図書館でインターネットができるという情報を得ていた彼にとって、図書館=インターネットなのだ。彼にとってインターネットとは魚にとっての水なのだ。
しかし、ここで事件発生。中に入って20秒ほどだろうか、受付にいたおばさんに止められた。止められる前も机で勉強しているお子さんたちが「何だこいつらは?」という眼で見てきているのを感じていたのでおかしいな、とは思っていた。奥から異常に気付いた警備員のおじさんも来て挟まれた。
おばさんから何やら詰問された。しかし分からない分からない。リップスライムの歌詞以上に何言ってんだか分からない。俺らが地元の人ではないと気付くと、口調をゆっくりにして「かんし?」とか「かんしゅ?」に聞こえる疑問系の言葉を何度も繰り返して投げかけられた。一応、理解しようとはしたものの、出来る道理もなく、困るしかない。
俺が流暢な英語で(この時点になると最初に比べてだいぶ英語の感覚が戻ってきた) "Sorry, I don't understand the language"、"Do you speak English?"などと言って何とか英語で話せないか模索してみたものの、まったく効果はなく、相変わらず「かんし? かんし?」と聞いてくる。もしかしたら、そもそも俺がしゃべっているのが英語だということすら分かってくれていないのかもしれない。
しかし、徐々におばさんの表情から警戒が溶けていき、口調も心なしか優しくなってきた。横から睨みを効かせていた警備員のおじさんも俺たちが怪しいものではないと悟ったか、あるいは単に言葉が通じない奴らだから諦めたのか、「中に入っていいよ、進んでいいよ」とジェスチャーで示してきた。
だが、これで入るのも気まずい。「いや、いいです、戻ります」と身振りで示し、俺らは図書館を出た。
何だったんだろう? 中に進むには何かの許可証が必要だったのか? それとも俺らがカバンを持っているのがまずかったのか? 分からない。少なくとも、俺たちがあからさまなよそ者オーラを発していたのは明らかだ。いやあ、気まずいというか恥ずかしいというか・・・。
「旅の恥は掻き捨て」――このときほどこの格言を救いにしたいと思ったことはなかった。掻き捨てたいよ本当に。
住居密集
オチとしては、図書館のすぐ横に公園から出る道があったとさ。
本当に「地元」
歩いて地元を感じる
十日初五街という一角を通った。ここは狭い路地の両脇に店が立ち並んでいる地区で、(マカオは全体的にそうなのだが)まったく観光地っぽさがない。本当に地元の風景だ。たまに人は通っているが、商売をしている人を除けばかなり閑散としていて、本当に商売をしているのかと疑いたくなる。また不衛生な印象を受ける。この暑さと湿気の中で、物を外気に晒して売っているのだ。特に生の食べ物なんて、危なくないのか。日本のしなびた駄菓子屋的な土着感、得体の知れなさがある。この雰囲気と気候。歩いているだけで、本当に異国に来たなあと実感する。
でも、これがいいんだ。俺はいわゆる観光名所にはそれほど興味はない。ここに行った、ここにも行った、とまるでスタンプ・ラリーにでも参加しているように有名な場所に行くよりは、こういう地元の人々が普通の生活をしている所や、多くの人が集まるところ、買い物に来るところをただ歩いている方が好きだ。そうしていると、よく分からないけど「何か」を感じる。自分の心に何かが刻まれるような気がする。
気付くと、俺と同行者は5メートルくらい距離を置いて歩いていた。もしかしたらパンダも彼なりに思索にふけっているのかもしれない。また、お互い一緒にいるのが多少嫌になってきたのだろう。これは悪いことではない。
「何か」を感じる
最初の頃に比べると書くのはだいぶ苦しい(そのときの自分に頭を切り替えるのに時間がかかる)が、最後まで書き上げるぜ。