2010年9月28日火曜日

入場ゲートの目前まで行ったアイルランド対サウジ戦(2002年6月13日執筆)

ワールドカップ予選F組 アイルランド3-0サウジアラビア
(今回の文章は、試合の内容とはほとんど関係がありません。だから関連記事へのリンクも張りません)

アイルランドの試合を観たい!!

6月11日のサウジアラビア戦は、アイルランドにとって、予選リーグ突破のかかった、まさに大一番と呼ぶにふさわしい大事な試合だ。2点差以上で勝たなくては先がない。もちろん勝てる保証などないものの、相手を考えると、アイルランドファンの期待も高まる。(ご存知の通り、今回のサウジは、初戦でドイツに8-0という、目を覆いたくなるような点差で惨敗している。)

この、なぜか地上波で放送されない大事な試合を、どうしても生で観たい。そう思った私と友人 I 。というのも、私たちは、それまでのアイルランドの戦いぶりをテレビで観戦し、すっかり虜になってしまっていたのだ。絶対的な目玉となるようなスーパースターがいるわけでもなければ、派手なテクニックを見せるというわけでもない。しかし、その最後まで諦めない姿勢と、一丸となって結果を出す勝負強さは、特筆に値する。そのチームが決勝トーナメント進出を決める試合を、是非目に焼き付けたいものだ。

とにかく行ってみよう

私たちは午後7時に、新横浜で待ち合わせた。言うまでもなく、チケットなど持ち合わせていない。実のところ、直前に手に入る見込みすら、全くない。しかし、そんなことは、別にどうでもよかった。いや、どうでもよくはなかったが、それ位は覚悟している。直接試合が観られなくとも、「空気」が味わえればよいではないか。とにかく、行ってみよう。


(ステイディアムに向かうアイリッシュサポーターズ)

約束の時間から、遺憾ながら10分程度遅れて、新横浜駅の待ち合わせ場所に着いた私。すでに、そこから、会場となった横浜国際競技場への「順路」が出来ており、人が激しく入り組んでいる。その人の群れの中に入ると一目瞭然なのが、日本人の占める割合が、普段の新横浜では考えられないほど低い、ということだ。見るからにサウジ側のアラブ人、という服装の男性もいれば、全身を緑色の衣装で包んだ、明らかなアイルランドサポーターもいる。全体的には、圧倒的にアイルランドファンが多い印象だ。

中には入れない

人の波に乗って、ひたすら会場へと歩いた私と I 。そこまではノリで突き進んだものの、言うまでもなく、我々の歩みを妨げる問題がある。チケットがないのである。普段のJリーグの試合の前には、探すまでもなくそこらに溢れているダフ屋も、全くいそうな気配がない。よって、入場ゲートの前で、そこまでは順調だった私たちの足取りも、止まらざるを得ないのである。泣く泣く、談笑しながら、付近を散策する二人。会場の周りをぐるっと囲むように歩いていると、さっきとは別の角度から横浜国際競技場が姿を現す。このときほど、この、一見立派に見えるが、実は観客席からは試合が観にくいスタジアムが、恨めしく見えたことはない。あそこに入れたらなあ――。言葉にならない思いを言葉にしながら、虚しくこの巨大建造物を見つめる。


(この中でアイルランド対サウジアラビアが行われた・・・)

いくら何かを期待して会場の周りを歩こうと、一向に、チケット入手という悲願に近づけそうもない。それどころか、ただ単に人通りが少なくなるだけで、我々の隠れた思惑は遠のていくばかりである。しょうがないので、また人の多い「順路」へと戻ることにした。着いた所には、先ほど引き返した所とはまた別の、規模の小さめな入場ゲートがある。近くで、サウジのファンがテレビのインタヴューを受けている。やたら騒いでいる。


(有事に備えるポリースオフィサーズの方々)

そこも人の海と化しているが、それよりも印象的なのが、警備の多さ。警官の方々が、一列に並んで緊急事態に備えている。その風景には威圧感があり、まさに「厳戒態勢」という感じだ。ただ、本人たちにはそれほどピリピリした雰囲気はなく、警官と警官の間を通させてもらったときも、普通に、礼儀正しく間を空けてくれた。

しばらくここで人の群れを観察していた二人だが、そのままそこに居続けても何も得ることはないことが明白であったため、また歩き出す。とは言っても、目的地の選択肢は、ほとんど残されていない。また、最初に引き返した、メインの入場ゲートへと向かうことに。

特にこれといった出来事もなく、また普通に入場口へと着いてしまった。途中の道に「チケットください」や「WE NEED TICKETS」と書いた紙を掲げる人はたくさんいたが、チケットを売っている人は全くいない。現れそうにもない。チケットが欲しい人たちが、一箇所に集まり、哀れそうな表情を浮かべて、一様に目で何かを哀願している。しかし、その願いに応える人は現れない。

チケットが手に入りそうにない、と悟った私たちは、せめてもう一度、入場ゲートに人が入っていく光景を脳裏に焼きつけようと、入場口間際まで近寄った。そこには、チケットの手に入らない、多くのアイルランドファンがうろうろしている。皆、油断しているように見えて視線が鋭い。「チケット」という言葉に敏感に反応する。一度、 I が「チケットくださーい」と、試しに言ってみると、近くにいたアイルランドファンの中年男性が、「チケット」というキーワードを拾い、"You have tickets? (チケット持ってるって?)" と、目を少し輝かせながら聞いてくる。私は "No, we NEED tickets. (いや、チケットが「欲しい」んですよ)" と言って誤解を解いた。"Oh, you NEED tickets! (ああ、「欲しい」のね)" と苦笑いしながら悔しがる相手。それにしても、日本に来て、日本人に堂々とナチュラル・スピードの英語を使うというのも図太いなあ、と思った。

ダフ屋はいなかった、と言ったが、チケットを売っているような光景は、そこで一度だけ目にした。見た感じでは、日本人男性がチケットを売ろうとしていて、3, 4人のアイリッシュがその争奪戦を繰り広げていたようだ。写真に撮りたかったが、殴りかかられる可能性もあったので、涙を飲むまでもなく、あっけなく諦めた。結局、交渉に失敗したアイルランド女性が(日本に3年半住んでいるらしく、日本語で交渉していた)感情的になって周りの知人に当たり散らし、良識のある夫らしき人になだめられていた。

我々もほぼ諦め、会場の前に残された大量のアイルランドサポーターとともに、やるせない気分で入場ゲートの前でたむろしていた。アイルランドサポーターが捨てたであろう、ゴミの山の前で。


(日本のサポーターが海外で評判がいい理由が、よく分かったよ)

と、そこで、明らかにやけくそ気味の I が、「せめて中に入る気分だけでも味わおう」、と言い出した。どういうことか。それは、下の写真を見てもらえれば分かる。


(解説:「じゃあ、行ってくるね!」。何かを捨て去った笑顔で、入場ゲートの「中に入る気分」を味わう I 。恥をかきたくない I の希望により顔は隠しているので、笑顔は確認できないが)

これをきっかけに、我々は、チケットを何とか取れないか、というかすかな希望を、はるか彼方に葬り去った。ある意味、ふっ切れた二人。ここから、この日の我々の行動の方針が、別の方向に向けられた。

――「ラーメン博物館に行かないか」。私は提案した。それは、どこかの店で、衛星放送で今日の試合を流している所を見つけて、店内で盛り上がろう、という、ささやかな希望さえ捨て去る、革命的な一言だった。最初は反対だった I も、結局は大筋で合意。総合ラーメンショップの入り口にたどり着いた。

ところがそこには、想像だにしなかった、新たな障害が我々を待ち受けていた。ちょうど私たちが到着したあたりで、閉店となったのである。スタジアム入場に続き、ラーメン博物館入場というささやかな願いすらかなわなかったのだ。

こうなったら、することは一つしかない。賢明な読者なら、既にご察しであろう。


(解説:「あー、食った、食った!」。店員たちが不思議がる中、既に閉店したラーメン博物館の前で、満足気な表情でおなかをおさえる I )

スタジアムの中に入れないなら、入る気分を味わうまでだ。ラーメンを味わえないのなら、味わった気分を堪能するまでだ。アイルランド対サウジアラビア戦の生観戦を諦めた私たちは、新たな境地を開きつつあったのである。

ただ、晩飯は食わなければならない。さすがに、「食った気分」などという思想的な境地には、胃袋は決して達することが出来ない。紆余曲折の末、 I の推薦で、とある店に入ることに。

酒と一品料理を出す、敷居の低めな店だ。まず、手始めにいくつか料理を頼む。そこで私が頼んでしまったあるメニューが、我々の間で物議をかもし出した。メニュー名? 仮に「〇ー□ック△ザ」とでも言っておこうか。

それは、テーブルに運ばれてきた瞬間から、ただものではない雰囲気を漂わせていた。どうも、明らかに△ザの匂いではないのである。かといって、〇ー□ックの香ばしい香りが食欲をそそる、とはどう頑張っても言えない。はっきりいって、多少「うっ」とならざるを得ない匂いであると、まことに遺憾ながらも、表明せざるを得ない。


(問題の「〇ー□ック△ザ」)

見てみると、この「△ザ」には、トマトソースが塗られていないのだ。その代わりに、その「〇ー□ック」がソースのかわりに、たっぷりと入っている.。味を言葉で表現すると、「〇ー□ックとマヨネーズと塩とカレー粉を同じ量ずつかき混ぜた感じ」である。これは、△ザと呼べるのだろうか?(評価:1)

おいしかったら問題はない。しかし、うまい/まずい、好き/嫌いの判断基準の厳しい私だけでなく、食べ物はその味に関わらず全て食わなければ倫理的に許せない、という I でさえ、ついに食べきることが出来なかった。

これ以外には、それほど問題のない料理が多く、食事が平穏に済まされようとしていた。全ての料理が、酒をたくさん飲ませるために味が濃くなっているのは、看過するとしよう。最後に、ごはんと味噌汁と漬物のセットを頼もう、ということになった。これは250円で、漬物が50円という計算らしい。 I は何かを予感し、漬物を頼まず、ご飯と味噌汁で200円、という道を選んだ。

運ばれてきた漬物を見たとき、私と I は思わず吹き出してしまった。怒る気は、もう起こらない。ただただ、笑うだけである。

これはもう、ギャグ以外の何ものでもないだろう。しなりきった、極小の、噛み応えのない「漬物」が4切れ。この事態を未然に予想していた I の分析では、「それぞれ16円、16円、16円、2円ではないか」ということだが、真相は定かではない。


(衝撃の「漬物」。比較のために、上に6.5センチのつまようじを置いた。周りの画像は加工してある)

そうこうしているうちに、アイルランド対サウジは終了していた。とは言っても、食事をしながら、携帯のサイトから頻繁に試合経過をチェックしていた。言っておくが、店の中ではずっとサッカーの話をしていたのだ。3対0で、我がアイルランドが勝利! めでたく、決勝トーナメント進出を決めた。ちょうど、ファンたちが駅に向かうのに混じって、私たちも家路につき始めた。携帯でかじった情報を元に、試合の「感想」を言い合って、生で観戦したふりをしつつ。厳戒態勢の警官とパトカーを背景に一枚記念撮影をして、静かに地下鉄の乗り場へと向かったのであった。(了)

(2002年6月13日 午前3時15分)