そのまま部屋でまったりゆっくりと時間を過ごす。
にしても、ホテル・アルカの部屋の清潔さと絶妙な空調は、本当に居心地がいい。この旅で初めて、まともに心を落ち着かせる場にたどり着いた気がする。
何よりありがたいのが、シャワー。それなりの勢いをもった、ちゃんと温かいお湯が、継続的に出てくる! しかもバスタブがある。白いピカピカな。声をあげて感激。備え付けの液体石鹸とシャンプーで旅の疲れと汚れを洗い落とす。
そのまままったりゆっくりベッドに横になり、旅行記をノートに付けたり、色んな感慨に浸ったりしつつ時間を過ごし、インド滞在の実質的な最終日となる明日に備えて、就寝。
(9/11日目、終了)
十日目
今日の夕方の飛行機で、インドを発つ。そして明日の早朝に成田に戻る予定だ。つまり、今日はインドで過ごす最後の日だ。
そんな最終日の予定。それは、二日目に家に招いてもらい、晩ご飯をごちそうしてくれたインド人の家族と、再会を果たすことだ。
俺は、信じている。約束したように、彼らは、コンノート・プレイスのマクドナルド前で俺のことを待ってくれているはずだ。
昨日は俺の勝手な都合で待ち合わせ場所に行くことはできなかったが、約束したように、今日も待ってくれているはずだ。
ホテルをチェック・アウト。午後4時半にタクシーを手配してもらう。カバンはホテルで預かってもらい、タクシーの時刻になったらまたここに戻ってきて、そこから空港に送ってもらうということで話をつける。
昨日なかなか渡れなかった道路は、まだ朝だから交通量が少ない。よし、これは余裕で渡れるな、と歩み出すと、目の前に車が止まった。何だよ、邪魔くさいな、わざわざ渡ろうとしてる俺の前で止まるなよと軽く愚痴りながら車をよけるため進路を変えると、中から出てきたインド人が必死に「すみません、すみません(Excuse me, excuse me)」と俺に向けて言ってくる。え、俺目当てで俺の前に止めたのか?
車から出てきたインド人「どうした?」
俺「いや・・・道路を渡ろうとしてるんだけど」
車から出てきたインド人「どこに行くんだ?」
俺「(「歩き方」の地図を広げて)このマクドナルドに行きたいんだ」
車から出てきたインド人「途中まで一緒だから案内する。付いてこい」
俺「そうなの、ありがとう」
車から出てきたインド人「どこから来た?」
俺「日本」
車から出てきたインド人「おお、日本か。ワタシ、ニホンゴ・シャベレマスネ」
俺「おお」
車から出てきたインド人「俺は旅行会社で仕事してるんだ。ほら、オフィスはここ。もし何かあったら寄って来な。チャイでも出すよ。金はいらない」
俺「分かった。ありがとう」
車から出てきたインド人「ここを通ると近道だ。そこを突っ切って、左に曲がるとマクドナルドがあるぞ」
(教えてもらった近道)
言われた通りに進むと、無事マクドナルドに到着。
彼らは来てくれてるのかな・・・すると、店の前に、ちょっと不安げにキョロキョロしている男が一名。あれ、もしかして・・・と思いつつ近づくと、そうだ!! 二日目に公園で出会った、ダラムシャーラー出身の彼だ。
お互い、確信するまで目が合ってから一秒くらい間があった。さっきまでの不安げな表情は一変し、彼の表情は歓喜に溢れている。
感激のあまり、抱き合う二人。
ダラムシャーラー男「俺は昨日もここで待ってたんだよ!」
俺「うー、ごめんよ」
ダラムシャーラー男はその場で携帯電話を取り出し、おそらく家族に俺と再会したことを報告しているようだ。
店内へ。するとレジ近くの席に、最初にチャイ屋で合流したダラムシャーラー男の友人と、家族の一人の男が座っている。
彼ら「おー(握手)」
俺「ごめん、実は昨日デリーに着いていたんだけど、調子が悪くて、ホテルで休んでいたんだ」
彼ら「ノー・プロブレム。来てくれてありがとう!」
どこでどういうお土産を買えばいいかについて、うっとうしいくらいたくさんの親身な助言をもらう。やたらとパシュミナ(スカーフ)やサフラン(スパイス)を推してくる。
勧めてくる品や言ってくる価格帯からして、彼らがそれなりに裕福な人たちなのは明白だった。2000ルピーや3000ルピーといった値段を「安い」と言われ、豊かな国の貧乏な会社員である私は若干たじろぐ。
俺「紅茶は既に買ってあるんだ」
彼ら「どの店?」
俺「Premier」
彼ら「Premierはいい店だ」
彼らの中でお勧めの店があるらしく、どうやらそこに連れていってくれるらしい。店を出る。
マクドナルドで待ち合わせるということはてっきりここで飯を食うのかと思ったが、最後まで何も注文しなかった。客はちらほらいたが、見渡す限り、何かを注文して食べている人はほとんどいなかった。
3人のうち二人(ダラムシャーラー男とその友人)は、これからクリケットをやりに行くということで(毎週日曜日にやっているらしい)別れ、残った一人(あとで名前が分かったのだがフェロス)が案内してくれることに。
インドに来て初めて地下鉄を利用。一駅で降りる。
数分歩いて、NOVEL FAMILY SHOPという店に入る。どうやら絨毯を主に売る店のようだ。入ると絨毯の区域に案内される。この店は、「地球の歩き方」には載ってないが、メリケンのガイドブックには掲載されているらしい。店に入ると店員が自慢げに掲載箇所を俺に見せてくる。「素晴らしいカシミール絨毯を置いている」みたいなことが書いてあり、そこを強調して読み上げてくる。
実は、絨毯は一枚欲しいと思っていたのだ。過去のインド旅行でも何度か店に入り、柄の美しさに魅了されていたからだ。しかし、HIP HOPの曲であればリアル、フェイクを比較的簡単に判別できる俺でも、さすがにインドの絨毯の善し悪しを見分けるだけの眼は持ち合わせていない。しかも安い買い物ではないため、うかつに手が出せないで来たのだ。
だが、今回は絶好の機会。何と、店に連れてきてもらったフェロスの家に敷いてある絨毯は、すべてこの店で購入したものだという。話を聞いていると、観光客向けというよりは、本当に地元の人が買いにくる店のようだ。これは間違いなくリアルでしょ。
価格帯を聞き出す。何種類か大きさを見せてもらったが、俺の家のサイズからして、中間かその一回り小さいサイズがちょうどよさそうだ。
ウール中間:475~575
ウール小:350~475
シルク中間:950~1350
シルク小:750~950
「ルピー?」と聞くと「なわけねーだろ」的な笑顔で「米ドルだ」と店員。
店員「どっちにする? ウールとシルク」
それなりの値段するんだな。ちょっと、さすがにシルクは手が出せないや・・・。
店員「この値段の差は、品質や耐久性の差ではない。ウールの方が安いからといって品質がシルクに劣るわけではない。ウールでもシルクでも、100年間持つ。違いは質感。シルクは輝く」
俺「ウールにする!!」
一通りすべての柄と色を見せてもらった結果、最も複雑な柄の、赤みがかった色の絨毯を買うことにした。
(これ)
入念に選んだ結果、この一枚が、俺には飛び抜けて素晴らしい作品に見えた。難しいのが、見る角度によって柄の見え方が違い、近距離である絨毯がいいと思っても、少し距離を置いて見ると別のがよく見えたりした点。それを言うと店員は笑っていた。
米ドル575。値引きを試みるが、定価販売(fixed price)の店だといって、引いてくれなかった。まあ、逆にその方が信頼できる。
会計の際。
俺「(店員に向かって)この値段は適切だと思うか?」
フェロス「ちょっと待て。そういうときは俺に聞くんだ。俺はこの店を信頼している。そして君はこの店を紹介した俺のことを信頼するんだ」
店員「そう。この商売は信頼で成り立っている。お客さんをだましたら、悪評が立ち私は商売ができなくなる」
俺「はい。分かりました」
現金がないのでクレジット・カードにて支払う。
上の階に連れて行かれ、リアルなパシュミナ等を見せられるが、先ほどの買い物でかなり満足しているのと、絨毯は前々から欲しかったとは言え今回の旅行に限定すれば予定外の出費であったためこれ以上お金を使いたくないので、買わないと断言。
俺「パシュミナは、以前ヴァラナースィーに行ったときにも見たことあるよ」
店員「ヴァラナースィーにはパシュミナはないよ。たぶん数百ルピーだったでしょ?」
俺「うん」
店員「それは間違いなくフェイクだ。まず本物のパシュミナはヴァラナースィーにはないし、本物はそんなに安くないし」
フェロス「本物を見せてもらいなよ」
店員「ほらよ、これが本物だぜ」
俺「(触りながら)ふうん・・・」
店員「偽物との違いが分かるだろ?」
俺「そうだね(分からない)」
絨毯は折り畳んで袋に収納してもらった。日本に郵送するという手もあったのだが、輸送費が60米ドルくらいかかるみたいなので、意地でも手で持ち帰る。
店を出た時点で、ポケットには2100ルピーくらい入っている。これが手持ちのルピー現金すべてだ。あとはスパイスだけ最後に買っていきたいのだが、この金を使い果たすとホテルから空港までのタクシー代が払えなくなる。
リクシャでフェロスの家、つまり二日目に夕飯を食べさせてもらったお宅へ。絨毯を置き、歩いてすぐの、地元民が買い物をする市場へ。スパイスを買いに行くのだ。「帰りのタクシー代も払わんといかんけん、これしか残金ないとー」と言い1500ルピー程度を手渡す。(続く。次で終われるかな)