2010年8月1日日曜日

とりあえず行ってみた香港・マカオ、その記録(4)(2004年8月3日執筆)

半裸

船に乗る時点で既に目的地が見えていただけあって、時間はあまりかからなかった。10分ほどで到着。

あ、そう言えば、再三再四に渡って暑いと言っているけど、それを示すいい例を思い出した。それは、たまに上半身裸で歩いている男がいるということ。船の乗り場付近にもいた。(3)の最後の写真の、下部の真ん中にも、よく見ると半裸の男が写っている。よーく見ないと分からないよ。


船から


到着。港

日本でいくら暑くても、海岸でもない限り乳首丸出し野郎の目撃者になることはそうそうないでしょ。もちろんここでもそこらじゅうにそういう人がいるわけでもないけど、いても結構自然な感じ。自然というか、仕方ないよな、という感じ。

さて、話を戻すと、着いたわけだ。九竜島に。港を出ると「駅前」という風情で、店が集中している。

道端に座り込んで何かを売っているおばさんが客と何やら大きな声でしゃべっている。人々が自分が分からない言葉を当たり前のこととして使っているのを見ると、外国に来たことを実感する。

とりあえず行ってみた香港・マカオ、その記録(3)(2004年7月17日執筆)

よく「歩いているだけで汗が噴き出てくる」という表現を聞くが、今俺が経験しているのがまさしくそれである。

いや、その表現だけでは不十分かもしれない。今、日本で7月16日にこれを書いている。俺は今日の昼間は何もしなくても汗をかいたが、それでも香港に比べると快適だった。何かが違う。おそらくそれは湿度だ。太陽光線に蒸されていると、顔も否応なしにしかめ気味になってしまう。

暑さの中に、爽やかさが微塵もない。暑いというより熱い。暑さというよりは「熱気」。


押す=「推」


ワタミ

駅へ

駅ビルを抜けて、駅へ向かう。

宿舎近くのコンビニがセブン・イレブンだったのは前に書いた通りだ。コンビニが日本資本なのは韓国でも体験済みだったので特に驚きはしなかったが、意外なところに見覚えのある店を見つけた。「ワタミ」だ。

日本でワタミというと、カネのない奴ら御用達の、敷居の低い、上品とは言えない、ファミレスのような感覚の居酒屋だ。だが、パンダ野郎によると、香港では、むしろ裕福な人々の支持を集めているという。

とりあえず行ってみた香港・マカオ、その記録(2)(2004年7月9日執筆)

パンダホテル

バスに乗っている30分くらいの間、ガイドのおじさんが乗客の日本人たちに、日本語でトークを展開し、色々な情報を提供してくれた。日本語自体は、注意して聞き取らないと意味は汲めないことも多かったが、内容は聞くに値した。たとえば、こんなことを言っていた:

・香港ドルと日本円の交換レートは、旅行会社とバスの中で両替すると、1香港ドルが14.8円。銀行だと14.5円。ホテルだと15円だが手数料がかかる。うちで両替してくれ。

・治安的には、男性がいれば安心。女性だけでも二、三人いれば大丈夫だが、一人だと危ない。ただ、一般的には、香港は安全な場所だからあまり心配はしないで欲しい。

・観光客を騙す手口として、お釣りを渡すときに、札束の中に中国元を紛れ込ませる、というのがある。気を付けてくれ。こういうのは小さな店に多い。大きなところに行けば、そんな詐欺には会わない。

・香港名物の一つに、ワンタンメンがある。ワンタンの具の中の、海老の比率が高ければ高いほど、値段が高くなる。海老対豚が3対7の場合、11ドル。5対5の場合、18ドル。そして100パーセント海老の場合、35ドル。(数字はもちろんたとえだろう。)店によってワンタンメンの値段は違うが、それは必ずしも料理の質の違いを意味しない。海老をどれだけ使っているかの指標と思ってくれ。

ホテルに着く間際に、しゃべり終えたガイドさんが前から席を巡回して、希望者との両替に応じた。俺もパンダ野郎も、3万円分、通貨を交換した。つまり、450ドルを少し切るくらいの金額を手にした。これがこの滞在での軍資金だ。

バスが宿舎前で停車したときには、既に夜の11時過ぎだった。ホテルに入っても、すぐには部屋には入れなかった。色々と、ガイドの面倒な説明を聞いたり、紙に自分たちの名前と日本での住所を書かされたり、そして最終日のロビーでの待ち合わせ時間などを伝えられたりした後、ようやく自由になった。

部屋は19階。1919号室だ。(*この番号に関して、パンダ野郎が小学生並みの下ネタを口から放って俺を絶句させたことについては、このページの品格を落とすため、あえて記述するのは避ける。)とりあえず、無事にここまでたどり着けたことに安堵。長旅を経て宿舎の部屋に入ったときの安らぎは、何とも言えないものがある。

とりあえず行ってみた香港・マカオ、その記録(1)(2004年7月2日執筆)

6月17日、衝動

集合時間が遅かったので、寝坊の心配はなかった。旅行会社から渡された紙には、成田空港に夕方の4時半集合と書いてある。飛行機が成田を発つのはその2時間後だそうだ。拍子抜けする。というのも、「うっかり遅れでもしたら・・・」という重圧を味わいながら、気を引き締めて早めに床に就く、という、旅行前にありがちな、修学旅行前夜の小学生的な心境に浸ろうにも浸れないからである。

気合の入らない集合時間だが、気合が入らないと言えば、この旅を決行するに至る経緯も適当だった。いや、適当じゃないな。そうじゃないけど、やたらあっさりしていた。

大体、行くことに決めたのが、一週間ちょっと前だ。それも、前から綿密に計画を練った形跡はない。

言い遅れた。俺は香港に行くんだ。もっとも、それは既にこのページのタイトルが明らかにしているのだが、それを言ったら元も子もない。

日程は、4泊5日。香港に行くついでに、マカオにも寄るつもりだ。で、それらの土地を訪れようと思った理由。俺は来年に就職することを決めてから、学生時代にふんだんに使える自由な時間の貴重さに改めて気付いた。暇な間に、色々な文章を読んで、色々な音楽を聴いて、色々な場所を訪れて、何というか、自分の感性を磨いて、世界を広げておきたい、と真面目に考えるようになった。香港(とマカオ)という、特定の場所を選んだのには、安くいけるから(4泊の宿泊代+飛行機代で4万円以下!)、そして香港は英語が通じそうだから、という浅いにもほどがある理由がある。

でも、どこに行くかは、あまり大事ではなかった。とにかく、何かがやりたかった。すぐにでも、どこかに行きたかった。俺を動かしたのは、その衝動だった。

2010年7月4日日曜日

2010年2月5~15日インド旅行記 (12) 完結!

フェロスは「分かった」と俺の1500ルピーを受け取り、階段を降りる(フェロスの家は3階)。ついていく俺。


(バイクでヘルメット着用してる人は少数派)

時折通るリクシャや乗用車に神経を使いながらフェロスの後を付いていく。俺が見た中ではインドの道には歩道や車道といった概念はない。数分歩いたところの店に入ると、フェロスは店員にあれこれ聞きながら店内を回り、手際よく様々な商品を手に取っていく。

見たところ、かなり色んなものを買っているようだが、予算的に大丈夫なのだろうか? もう俺には帰りのタクシー代しか残ってないよ。

買い物はフェロスが独断で商品を選んでくれているし、店内で立ち止まって他の客の邪魔にもなりたくないので、買い物は彼に任せて店の外で待機。


(待機中に撮影。店の外)


(米を売ってる)

びっくりしたのが、フェロスの家からここまでの道のりもそうだし、店の中でも外でもそうなんだけど、誰も客引きしてこないし話しかけてもこないこと。今までの経験だと、店が軒を連ねる地区では金持ちな(と彼らが思っている)外国からの観光客を見るなり必死で食らいついてくるのが普通だ。そういうのがないってことは、ここは本当に外国人が来ない、地元民の市場なんだな。

フェロスが会計を済ませている。かなり買ってるみたいだ。本当に渡した金で足りてるのかな?

2010年6月27日日曜日

2010年2月5~15日インド旅行記 (11)

そのまま部屋でまったりゆっくりと時間を過ごす。

にしても、ホテル・アルカの部屋の清潔さと絶妙な空調は、本当に居心地がいい。この旅で初めて、まともに心を落ち着かせる場にたどり着いた気がする。

何よりありがたいのが、シャワー。それなりの勢いをもった、ちゃんと温かいお湯が、継続的に出てくる! しかもバスタブがある。白いピカピカな。声をあげて感激。備え付けの液体石鹸とシャンプーで旅の疲れと汚れを洗い落とす。

そのまままったりゆっくりベッドに横になり、旅行記をノートに付けたり、色んな感慨に浸ったりしつつ時間を過ごし、インド滞在の実質的な最終日となる明日に備えて、就寝。

(9/11日目、終了)

十日目

今日の夕方の飛行機で、インドを発つ。そして明日の早朝に成田に戻る予定だ。つまり、今日はインドで過ごす最後の日だ。

そんな最終日の予定。それは、二日目に家に招いてもらい、晩ご飯をごちそうしてくれたインド人の家族と、再会を果たすことだ。

俺は、信じている。約束したように、彼らは、コンノート・プレイスのマクドナルド前で俺のことを待ってくれているはずだ。

昨日は俺の勝手な都合で待ち合わせ場所に行くことはできなかったが、約束したように、今日も待ってくれているはずだ。

ホテルをチェック・アウト。午後4時半にタクシーを手配してもらう。カバンはホテルで預かってもらい、タクシーの時刻になったらまたここに戻ってきて、そこから空港に送ってもらうということで話をつける。

2010年6月20日日曜日

2010年2月5~15日インド旅行記 (10)

地図で大体の位置を確認し、いざ紅茶屋Premierへ。

1分くらい歩くと、地元民が声をかけてくる。

地元民「こんにちは」
俺「こんにちは」
地元民「ここはPブロックだ(コンノート・プレイスは区域ごとにアルファベットが付けられている)」
俺「うん」
地元民「どうした、どこに行きたいんだ」

まともそうな人なので、「歩き方」の地図を見せて「ここに行きたいんだ」と伝える。

俺「紅茶屋のPremierに行きたいんだ」
地元民「おー、Premierか。あそこはいいぞ」
俺「知ってるんだ?」
地元民「俺もたまに買いに行く店だ。案内するから付いてこい」
俺「いいのか?」
地元民「ちょうど俺も通り道だからさ。俺、さっきマクドナルドで昼ご飯食べてて、これから家に戻るところなんだ」

道すがら、地元の人に3000ドル出せと脅された話をしてみると、彼は信じられないとばかりに顔をしかめて横に振る。

地元民「いくら裕福な国の人でも、何千ドルも稼ぐにはハード・ワークが必要なんだ。そんな金をポンと出すわけがない。彼ら(詐欺師たち)は教育を受けてないからそれを理解する頭がないんだ。豊かな国の人に金を出せと言えば簡単にお金をくれると思ってるんだ」
俺「そうだそうだ!」

いかれ気味の国で稀に聞く正論に興奮していると、店に到着。案内してくれた地元民に感謝を伝え、握手を交わし別れる。チップはもちろん要求してこない。