2010年8月1日日曜日

とりあえず行ってみた香港・マカオ、その記録(9)(2004年12月24日執筆)

もうやる気がない

明日の朝帰国するため、今日が実質最終日だ。しかし、もはや俺たちから、観光する意欲はほとんど消え去っていた。もう疲れた。

携帯のアラームは鳴ったはずだが、どうやら俺が無意識に止めていたらしい。記憶にないがおそらくそうなのだろう。起きたら10時45分だった。さあ、今日は何をしようか、という感じではない。むしろ、ああ、まだ一日あったのか、というのが私たちの内なる声に近かった。

しぶしぶ起き上がり、嫌々ながら着替えて顔を洗い、部屋を出た。11時半くらいだった。

例によって、今日も最初の食事が昼飯だ。電車で金鐘駅に行き、駅近くにあるPacific placeという買い物処に入った。その中に、数百人が座れる椅子とテーブルがあって、それを取り囲むように色々な食い物屋がある場所がある。

しかし、ちょうど一番混む時間なのだろう、人で溢れていて、座れる場所がない。ここで食べるのはあっさり諦め、建物を出た。やけに活気があると思ったら、そういえば今日は日曜日か。

もう説明するのも面倒な(だが念のために言っておく)暑さの中、隣の駅まで歩いた。香港公園というところを通った。何か、そこら中の地べたやら通路脇の日陰やらに、やたらと浅黒い女性たちが座り込んで、ピクニックのようなことをしている。パンダ野郎がガイドブックから仕入れた情報によると、毎週日曜日になると、フィリピン人のメイドさんたちが集まってきて親交を深めるらしい。


ラーメン横丁

地獄

ただ、歩いたところで昼ごはんを食べるのに適当な店が自然に見つかるわけではない。嫌になってきたところで、「日本ラーメン横丁」というのに行き当たった。日本でいうラーメン博物館みたいなもんらしく、いくつかの店が一つの施設の中に入っている。

即断した。ここだ。

もちろん、異国に観光で来て食事に「日本のラーメン」を選ぶのはどうかと思うよ。それは承知している。でも、もう俺達には気力がない。起きてから何も食ってないし。もう、いいじゃないか、日本食で。

受付は日本語で「いらっしゃいませ」と言ってくる。入場料は取られなかった。4つくらい店があって、吟味の結果、入り口から一番近い店に入った。

メニューは、たとえばラーメンにパックの清涼飲料水をつけたセットメニューがあったりして、この土地向けに若干工夫が加えられている。しかし、ラーメンそのものに現地色はなく、あくまで日本のラーメンそのまま、といった感じだ。

俺は、「地獄ラーメン」というのを頼んだ。注文したときに店員(現地の人だった)が「辛いですよ」と忠告してきたが、辛いといったってたかが知れてるだろ、と思い「大丈夫です」と言った。

運ばれてきた「地獄ラーメン」にはチャーシュー、ネギ、卵に加えて、唐辛子が浮いていた。まあ、でも唐辛子は普通に料理に入れることもあるし、食えるだろうと思った。

が、しかし。が、しかし。


辛すぎ

レンゲでスープを一すくい飲んだだけでやばさに気付いた。俺は辛いものはそれほど苦手ではないつもりだ。ピザとかスパゲッティにはタバスコを20、30滴は入れるタイプの人物だ。だがこれは本当に辛い。なかなか、普通に日本で生活をしていて味わう感覚ではない。これは隠すことはできない。明らかに表情に異変が出ていたのだろう、パンダが振り向いた。「これ、やばい・・・辛い」。助けを求めるように俺は呟くが、自分で選んだ敵である。自分で倒すしかないのだ。

やせ我慢しながら食べ続けていると、店長らしき日本人の男性がカウンター越しに寄ってきて、「辛いでしょ」と笑いながら言った。「はい・・・」。親切なことに、厨房の冷蔵庫を開けて、俺のグラスに水を入れてくれた。数分後、グラスが空になっているのを見て、もう一度水を与えれくれた。

「現地の人はね、もっと辛くしてくれって言ってくるんだよ。辛いもの好きな人は、辛いのを楽しんだ上で、さらにちゃんとスープの味が分かるらしい」。店長さんが教えれくれた。やっぱり、世界基準での「辛い」というのは、日本のそれとは桁が違う。

水の援助のおかげもあって、何とか、麺をすべて片付けることはできた。しかしスープを全部飲むことはできなかった。食べ終えた俺は、感動的な映画でも見たかのように目を赤くして鼻をすすっていた。

図書館

さて、昼飯がラーメンという時点でやる気のなさは感じてもらえたと思うが、次の行動はもっとつまらない。図書館に行ったのだ。パンダが、この旅行中に提出期限がある大学の課題をやって、それをメールで友達に送ってかわりに提出してもらいたいらしい。

しかし俺は器が大きいので、せっかく香港まで来てるんだからそんな課題のことなんか気にしてんじゃねえよ、ばーか、などとはまったく思わず、寛大に、にこやかに、不平の一つも漏らさず、彼の希望を聞き入れた。

各階に数台は自由にネットが使えるコンピュータがあって、またそれとは別に、各自がコンピュータを持参してインターネットにつなげる場所が用意されている。パンダは後者に空席を見つけ、ネット接続を確立した。今回の目的は大学の課題とは言え、彼はしばらく遠ざかっていた生き甲斐を楽しめるわけだ。


暗くなるまで塔に残留

20分後に会う約束をして、俺は図書館をぶらつくことにした。日曜だからだろう、座れるところがない。そこら中で人々が新聞を立ち読みしている。それに交じって、フィナンシャル・タイムズあたりをつかんで数分間読んでみた。

すぐに飽きて、面白い本はないかと歩いてみると、英語の雑誌がたくさん置いてある区域を見つけた。やった、政治雑誌もたくさんある! The NationとかThe New Republicとかの現物を初めて見た。The Nationの冒頭をちらっと読んだら、アメリカ軍のイラクからの撤退を要求する文章だった。

ただ、立ったままだと足も疲れる。色々と興味深い政治雑誌はあるのだが、読み出しても集中できず、続かない。壁に寄りかかって、そのまま姿勢を低くして座っているのに近い姿勢をとると、座っちゃいけないらしく、図書館員の女がごていねいに注意してきやがった。(何言ってるかは分からないけど文脈的に他にありえない。)でもさ、近くに座ってる奴ら、いるじゃねえかよ。

パンダはどうせ大したことを書いているわけでもないのに、課題をこなすのにやたら時間がかかっていて、最初の約束の20分ではまったく終わらず、さらに30分かかった。その間、俺は一度も座れなかった。

結局、図書館を出ると午後4時になっていた。ただ、だからと言って時間がもったいないとは思わなかった。これまでの疲れで、ガツガツした精神力はもう備えていない。極端な話、まったり時間が過ぎて終わりが来ればそれでいいとすら思えてきた。

ヴィクトリア・パークまで歩いた。サッカーコート(アスファルトだが)が6面あって、芝生の敷地も多く、誰でも好きに運動ができるようになっている。こういう施設が日本にあればいいんだが・・・。この公園にも、フィリピン人のメイドさんたちが群がっている。本当に、大挙して押し寄せている。


よく分からないが、ペインティング・コンテストみたいなことをやっていたようだ


足のツボ刺激

自販機で飲み物を買い(ここでもオクトパス・カードが使えた)、水分補給。本当に、ここにいると水分を体が欲しがる。美味しいものを飲みたい、とかじゃなく、生きるために飲み物が欲しくなる。

しかし、そう言えば街の現地人が何かを飲んでる姿はあまり見ない。彼らは平気なのだろうか。

「男人街」「女人街」

公園を一通りぐるっと回った。今日は、あとは「男人街」と「女人街」という、商店街みたいな地区を見ることにした。何やら怪しげな名前だが、それぞれ、主に男性、女性を主な標的にした物品を売っているという意味だという。





(四枚中二・三枚目は2010年8月1日追加画像)

まず、男人街に行った。商店街みたいな、と言ったが、店は全部露店で、建築物ではない。時間になると営業するために店を組み立てたり商品を並べたりするらしく、今の時間ではまだやっている店が少ない。ただ、展示されている商品には思わず欲しくなるのもあった。たとえば、「部屋のリフォームはダンボールで」などのシュールな日本語が印刷されたTシャツ。

女人街に移動してみた。こっちは男人街より明らかに活気付いている。4ブロック分くらい進んでも、まだ店が終わらない。ちなみに、誤解してほしくないが、別に女性をターゲットにした区域とは言っても、そうじゃない店もたくさんあったし、客にも店員にも男は普通にいる。ただ、むさくるしい、お兄さんとおじさんの中間くらいの歳の腐った男が、たばこを吸いながら(明らかに商品に煙がついている・・・)、派手な女性用下着の売り場の店員をしているのは見ているだけで不快な光景だった。

怖いことに、生の肉が、裸で、そこら辺に吊るして売られている。見るからに不潔だ。こういうのがO-157を生む土壌なのかな。


大丈夫なのか?

晩飯



エアコンから水が地面に垂れている。香港ではこの光景をよく目にした。

さらに、ちょっと歩いたところに、「金魚街」というのまであった。ここに出ている店は、主に金魚とか、金魚にまつわる品を中心に売っている。ここは露店より、建物に店を構えているところの方が多かった。



(下の金魚店の写真は2010年8月1日追加画像)

8時半くらいだったろうか、疲れたので一度ホテルに戻ることにした。宿舎近くのコンビニに入り、俺はソーセージ入りのパン、サトウキビのジュース、コーヒー飲料を買った。パンダは何も買わなかった。

部屋で30分くらい休んだ。で、晩飯だ。時間が遅いし、疲れているし、今から遠出はできない。店はホテルの近くを適当に歩いて探すことにした。

散々入り口で迷った挙句、「坦々麺」と書かれた店に入った。

席に案内される。当然シナ語で接客されたので、中国語が分からないというと、髪を部分的に茶に染めた、感じのいい店員のおばさんは、自分の英語力は"Just a little"だみたいに謙遜し、"Oh, where do you come from?" と言った。"Japan."と俺。"You come from Japan?" "Yes."という会話の後、色々と親切に、メニューの意味とお勧めを教えてくれた。

そのお勧めにしたがい、俺らは麺+おかず一つ+飲み物一つという構成の注文をした。俺はおかずに鶏肉のから揚げ、飲み物に冷たいアイス・レモン・ティーを頼んだ。ドリンクは一杯目はただだという。

ラーメン(?)はスープに味があまりついていなくて、そのままではちょっと単調。テーブルに置いてある唐辛子などを入れてアクセントをつける必要があった。

ただ、おそらくこんなもんなんだろうと思う。日本のラーメンに慣れた俺からすると物足りなくはあったが。

二人で43ドルだった。50ドルを渡し、お釣りを戻そうとするおばさんに"Please keep the change"というと、彼女は申し訳なさそうな、嬉しそうな反応を見せた。今まで、チップを渡してもほとんどリアクションをもらったことがなかったので、何だか新鮮だった。


ちょっと単調


2010年8月1日追加画像

俺たちが入ってから、入店を締め切ったようで、ドアを開けようとしたら鍵がかかっていた。鍵を開けてもらい、店を出る。

駅ビル付近を少し散策した。ビルの中のフードコートの中の店(もう閉店しているようにも見える)に、パンダが駆け込み、何かお菓子らしきものを買っていた。英語が通じないようで、意思の疎通にかなり苦労していたが、何とか意中の物を買ってきた。

それは、何というのかな、あの、荷物を包んで衝撃を吸収するための物体で、こう、プチプチ潰せるやつがあるでしょ、あれをでかくしたような形状のお菓子だった。ちぎって食う。

サクッとしていて、適度に甘い。しつこくないのがいい。


結構いける

パンダはガイドブックでこれを知り、気になっていたらしい。お目にかかれてご満悦の様子だ。

ホテルに戻る。荷造り。風呂。テレビでユーロ観戦。

午前3時くらいに眠りにつき、7時に起きた。それから、色々な手続き的なこと。空港に行って、荷物を預けたり、パスポートを見せたり、飛行機に乗ったり、降りたり・・・・。あ、そういえばAに頼まれていたお土産であるエロ本を空港の本屋で買ったっけ。

成田空港に着くと、旅行の間、しばらく忘れていた色々な現実に引き戻され、一気に嫌な気分になった。最高に憂鬱になった。別に、香港がそんなに素晴らしかったわけじゃないし、別に戻りたいとは思わないが、なぜだろう、この数日間で忘れていた日常のわだかまりが、一気に胸を襲った。思えば、この頃は色々と個人的に考えることがあって、大変だった。

でも、この旅行自体はいい思い出だ。軽い気持ちで決めた旅行だが、本当に行ってよかったと思う。

楽しかったのは、かなりの程度まで、パンダのおかげだ。ここで彼に、形式上、感謝しておきたい。彼は、この旅行記の執筆に必要不可欠だった備忘録の記入に、毎晩寝る前に嫌々ながらも協力してくれた。また、まったく勉強をせずに旅行に臨んだ俺と違い、彼はガイドブックで色々と面白そうな場所や事柄を調べてくれた。彼がいなければこの旅行はおそろしく中身のないものになっていただろう。

それにしても、ついに書き終えることができた。もはや、あの旅行ははるか昔の出来事に思える。よく、くじけずに辛抱強く書き続けたものだ。これは一見楽そうに見えるかもしれないが、相当な時間と根気を消費している。俺だから書けた。学生の今だから書けた。

あと、これをここまで付き合ってくれた数人のリアルな奴らには本当に感謝している。たとえばYのように、感想こそ書かないが欠かさず読んでくれているやつはいる。

ここまで読んでるってことは、面白かったんだろ?

ちなみに、香港のエロ本は無修正だった。(終わり)