2010年4月29日木曜日

2010年2月5~15日インド旅行記 (4)

シゲタ・トラベルに着くと、夜10時台だが普通にラジェンダさんがいるのでほっとする。

俺「朝申し込んだチケットを受け取りに来た」
ラジェンダさん「まあ座れや」

机の引き出しから私向けの切符を探し当てたラジェンダさんによると、電車の発車時刻は明朝7:20。ああ、早い便だったか。朝9時から10時までコンノート・プレイスで待つと約束してくれたインド人ご家族に申し訳ないが、彼らに会わないままアムリトサルに向かうことになる。

でも本音では、彼らに会わなくていい理由ができて少し安心している。昨晩あれだけお世話になっておきながら何を言い出すんだ? と思うよね。でも、どんなどんでん返しが待っているか分からないじゃないか。最初すごく優しくしてくれて、後から手のひらを返して金を請求してくるとか、危ない目に遭わせてくるという体験談は「地球の歩き方」を読んでたっぷり刷り込まれているもので・・・。

無事電車のチケットを受け取り、ホテルに戻る(シゲタ・トラベルのあるホテルから歩いて数分のところ)。

ラジェンダさんに聞いたところ、6時半くらいにホテルを出るのがいいだろうとのこと。ホテル番に「6時にウェイク・アップ・コール(目覚まし電話)してくれよ」というと、快く了承してくれた。

(2/11日目、終了。)

三日目(2月7日)

自分でかけておいた目覚ましで5時半に起きる。

身支度をあらかた済ませると6時になったが、当然のごとくウェイク・アップ・コールはかかってこない。一応確認したが、電話のプラグはちゃんとコンセントに入っている。予想していたことだ。別に怒る気にもならない。まあそうだよなって感じ。インド人の"OK"とか"No problem"を額面通りに受け取って損しても悪いのは自分だぜ。インドに限らないけどね。

2010年4月24日土曜日

2010年2月5~15日インド旅行記 (3)

そういや(2)で書き忘れたけど、詐欺師に案内してもらった紅茶・スパイス屋の親父から学んだプチ情報。アッサム茶は牛乳を入れてOKだが、ダージリン茶に牛乳は合わないらしい。

さっき恐喝されたときのYouTube動画タイトルを何にしようか思索をめぐらせながらホテルに戻る。そうだ、「インド人に恐喝される日本人」にしよう。


(右奥のMini Yes Pleaseってのが泊まったホテル)

腹痛用の薬を飲み、純白とは言えないシーツにシミが付いたベッドに横たわる。先ほど録画したリクシャでの恐喝を動画で振り返る。自分のことながら、切り返しの図太さに何度も笑ってしまう。この動画が撮れただけで、このカメラと予備電池に費やした2万円弱は回収できたのではないか。そう思うくらい動画の出来には満足だ。

一時間休むと、ある程度気持ちも落ち着いてきた。

ホテルを出て、ピンクのポロシャツ男が勧めてくれたコンノート・プレイスに向かう。今まで起きたことをツイッターに投稿したいのだが、やはりネカフェの場所が分からないのでそこら辺のサイクル・リクシャ運転手に聞くと近くにあるというので連れていってもらうことにした。


(癒しを求めてコンノート・プレイスへ)

ドライバー「じゃ乗りな」
俺「いくらだ?」
ドライバー「むしろお前はいくら払いたい?(表情があからさまに俺を試してる)」
俺「どれくらい時間がかかるんだ?」
ドライバー「15分くらいだ」
俺「じゃ50ルピー」
ドライバー「分かった」

ドライバーは曲者っぽいが意外にあっさり価格交渉成立。

2010年4月20日火曜日

2010年2月5~15日インド旅行記 (2)

二日目(2月6日)

シゲタ・トラベルがたしか朝9時からだと昨日聞いた。8時とかそこらに起きて、いよいよ本格的にインド一人旅が幕を開けたという緊張感を味わいつつ一日の予定を考えていると、9時になった。覚悟を決める。モーニング娘。の道重さゆみさんが毎日家を出る前に「よし、今日も可愛いぞ!」とやるみたいに、鏡に向かって「よし、行くぞ!」と気合を入れてシゲタ・トラベルへ。


(ホテルすぐ前の通り)

ラジェンダさんは日本語が通じる。アムリトサルまでの電車切符の手配をお願いした。チケット代750ルピー+手数料200ルピーで、950ルピー。ちょいと手数料の割合が高くないかい、という思いは封殺。駅に行って自分で格闘するのもありだが、正直それは気が重い。切符ごときで何を弱気なと思うかもしれないけど、この国では普通のことを普通にやるのが大変なんだ。少なくとも、不慣れな外国人観光客にとっては。

アムリトサルから先(アムリトサル→ダラムシャーラー→デリー)の移動方法について、何か有益な情報を聞けるかと思ったが、それに関しては「自分で頑張ってね」「はい」ということで話が終わった。

インターネット・カフェの場所を聞いたら、「その辺にたくさんあるよ」というご回答。ですよねー。はい、甘えないで自分で探します(泣)。

「前も(インドに)来たことあります?」とラジェンダさん。実は2年半前にはじめてインドに来たときも彼にお世話になったのだが、何とおぼろげながら、俺のことを覚えているらしい。ちょっと嬉しい。

あとは、デリーの街を堪能するぞ。具体的には、

・「地球の歩き方」を見てると名刺が作れる店があるみたいだから、寄ってみたいな。
・映画館に行って映画を観たい。
・インド人から見てモーニング娘の誰が可愛いのか、聞き取り調査を進めないといけない。
・ネットカフェでツイッターに旅行記ツイートを投稿したい。
・タンドリー・チキン発祥の店、「モーティ・マハル」で飯を食いたい。

2010年4月17日土曜日

2010年2月5~15日インド旅行記 (1)

インド旅行は三度目なのだが、初めて行くような緊張感に襲われていた。

なぜなら、一人で行くのが初めてだったからだ。

今までの二回とも、会社の同僚(同一人物)と一緒だった。と言うと聞こえはいいが、すべて彼に任せっきりだったのだ。何日目にどこに行って何を見るかの計画段階から、それはもう、何から何まで。

実は、今回もそいつと一緒に行くつもりだった。しかし、仕事の都合で行けなくなったとかで、2週間ほど前に、いきなり俺は行けないなんて言い出したのだ。いきなりだぜ。

ワックMCを見つけたときのR.A.P(radioaktiveprojeqt)くらい「そりゃあないよ」な気分だったが、ここで旅行を取りやめるわけにはいかない。

「そりゃあないよ」ビデオクリップ。本旅行記のBGMにどうぞ)

旅行会社にキャンセル料を35000円くらい払わないといけない。その同僚は、私のキャンセル代金も肩代わりしてくれるほどの器の大きさは持ち合わせていないから、俺も行くのを止めるとなったら35000円をどぶに捨てることになる。

一人だと心配だから僕もやめる、なんて弱気なことを言っている場合ではないのだ。むしろ、貴重な経験をできるまたとないチャンスである。そう自分に言い聞かせる。

とはいえ、不安は拭いきれない。

今回はよりによって11日間という長期間である。日本の会社員とは思えない休暇の取り方だ。

気が重い。インドがどういう場所なのか知らない部署の同僚が、インドに行くというと「いいなあ」と羨んでくる。「仕事なんかよりずっときついですよ。インドがどういうところか知ってるんですか(キリッ」とカウンターアタックを仕掛けることは忘れない私。

今までの人生で、まともな一人旅など国内含めしたことがない。唯一あるとすれば、仕事でアメリカ出張に一人で行ったくらいだ。でも出張なんて向こうに着きさえすれば、あとはホテルとオフィスの往復。自分で何かを計画して実行するという過程はほとんど発生しない。

あれよこれよで時間が過ぎてしまい、荷物の準備はもちろん旅行計画すらまともに立てられない。

直前になって、何とか大まかな旅程を作ることができた。今回の飛行機は、デリーIN、デリーOUT。旅行の流れとしては、デリー→アムリトサル→ダラムシャーラー(マクロード・ガンジ)→デリー→脱出という感じにしたい。

何でそれらの町を選んだかは、旅行前日にツイッターに投稿したインド旅行の目標11箇条を見てもらえると、分かると思う。