2013年7月16日火曜日

喫茶店で近くの席の人たちが怪しすぎる。

思わずイヤフォンのセシル・テイラーを止めて、マルコムX自伝を閉じて、話に聞き入ってしまった。盗み聞きがばれないように、イヤフォンは耳に着けたままにした。

最初、男女二人だったんだけど、横並びに座るから変だなと思っていたら、数分後にグレーのスーツ男が現れた。

グレーが女にかけた第一声は、「芸能人で誰かに似てます?」だった。「趣味は何ですか?」、「仕事は何をされていますか?」といった普通の質問を立て続けにした後、こう言った。

「ブログで好きなことを書いて副収入を得られたらよくないですか?」

男と女はカップルかと思ったら違うらしく、飲み会で知り合って、そこで男が女にこのビジネスを紹介したらしい。

男は、グレーと歌舞伎町で会ったのをきっかけにビジネスを一緒にやるようになり、会社を辞めたらしい。「僕は仕事で歌舞伎町でした。彼は何を目的に来たのか知りませんけど」と、笑いを挟むのを忘れないグレー。軽快な話術で場を笑いに包む。男も不自然なくらいケラケラ笑い続けている。男は、テニスのブログで稼いでいるらしい。

女は22歳(今年23歳)。男は26歳。グレーは老練な営業トークの割にかなり若いらしくどうやら20歳らしい。見えない。中一のときに大学のキャンパスで「どこの学部ですか?」と聞かれたことがあるらしい。

最初はがっつり勧誘モードだったけどしばらく取り止めもない世間話に。と思ったらいつの間にかまたブログの話に。

「今ここに1,000万、ポンと置かれたらどう思います?」とグレー。
「えー、分からないです」と、女。
「あー、そうか、実感を求めるんですね。ほら、男ってロマンを求めるから見たことなくても一千万という響きで燃えるじゃないですか。」
「そうそう」と男。

男はほとんど発言はせず、相槌を打ったり笑ったりしているだけだ。

「僕らが言ってるのは、別にお金を稼ごうっていう話じゃないんです。自分が好きなことを書いて毎月10-20万入って来れば、たとえば旅行に行けるとか、そういうことが出来るんじゃないかっていうご提案なんですよね」、とグレー。

女は家電量販店で四月から働いているようだ。カメラ販売。人と話すのが好き。休暇は月に8日。忙しい月は7日、余裕のある月は9日等、変動する。特に欲しい物はない。仕事に関して野望はなく、店長になりたいわけではない。近々、友達と三人で都内ルームシェア一人5万を始める。

グレーの仲間が一人増えた。黒いスリーピースのスーツに、プラスチックのスタッズみたいなのが打ち込まれた黒いカバン。人数で圧力をかけるのかと思ったが、グレーは入れ違いに席を立った。

黒スリーは、女(今年23)と同い年らしい。18歳から働いている。やたらと「タメ」を強調する。かつては運動神経抜群だったが今では「ボウリング3ゲームで腕がパンパンになる」「駅で階段を駆け上がると息切れがする」といった自虐ネタで場を和ませる。

彼の得意技は、量販店でパソコンを値切ること。98,000円のパソコンを最終的に9,800円で買ったことがある。量販店で値下げのハシゴ。池袋東口→秋葉原→池袋東口と5時間かけて店を回ったことがある。親友がイー・モバイルに勤めているから加入で4万円まで値引けることを知っている。さらに裏技があって、月額使用料を1,000円増やすと割引額を5万円に出来るらしい。

知り合いがパソコンを買うときは同行して、報酬としてポイントをもらう。6万円くらい溜まっている。発売したばかりの新製品を「もし現品限りだったらいくらになる?」というあり得ない仮定から価格を出してもらい、その価格を利用して他店で値引いたことがある。家電量販店では有名人で、彼が来店すると店員はうんざりした表情を見せる。

18歳から20歳まで光通信に勤めていた。一年間で最高4,700万の利益を出したことがある。会社の売上15%を叩き出し関東1位、全国8位。光通信では毎日、6時半出社の深夜1時退社。週何回かは先輩に誘われ5時まで飲んでいた。平均睡眠1.5~2時間。「超ブラックですよ」、「2年で同期の9割以上は辞めました」と得意気に語り、自分が生き残った精鋭であると強調する。18歳で年収が830万円だった。

態度をはっきりしない女に業を煮やした黒スリーは、「欲あるでしょ」と女に切り出した。「女の人は欲しかないよ」
「いや、ないです」と女。
「睡眠時間、1時間と10時間、どっちがいいですか」
「10時間」
「欲あるじゃないですか!」
「イケメンと不細工どっちがいいですか」
「…それは、イケメン」
「欲あるじゃないですか! 欲あるんですよ、あなたは」

死ぬまでに世界遺産をすべて見るのが夢だという黒スリーピース。どこかの海でのダイビング体験の素晴らしさを語り、絶対に行くべきだと女に説く。世界を見ることの重要性、そのためのお金の必要性へと話は展開。

「100万あったら100万なりの楽しみ方がある。200万あったら200万なりの楽しみ方がある。かけるお金によって、楽しめる世界ってのは変わってきて、お金ってあった方が視野って広がるんですよ。日本という訳の分からない島国で終わるんじゃなくて、世界を見た方がいいじゃないですか」

「どこかに行けるかどうかではなく、行きたいかどうか。限界を決めるのは自分。リミッターを外したら欲がぶわあっと出てくる。現実主義の人は欲が少ない」

「僕がなぜビジネスをやるかっていうとやりたい人が少ないからです。今の人って欲がないんです。みんな特に人生の目標もないし、100万円あったら貯金すると言う。チャンスじゃないですか」

彼は、新宿に自分のバーを持っている。店の名前を聞き取って検索して特定したがここに書くのはやめておく。

「自分の店を持つのはいいですよ。自分のホームがあるってのはやっぱいいね。バーってね、200万あれば出来るんです。毎月のランニングコストが150万。200万売り上げれば50万残る。自分は20%もらっている。これが出来れば遊び放題。フリーダム人生です。最初の200万を用意出来るかどうか。それだけです。何かやってみるといい。バーでもいいし、カフェとかいいんじゃないですか? 何か、人が集まる場所を」
「うーん…私、欲ないんですよね。お金が落ちてても拾わないタイプなんです」
「拾ってください」

「人には客観型と主観型がいて。客観は人の役に立ちたいと思うタイプで、NPOとか向いているんです。主観タイプは経営をやった方がいい。ツインソウルって分かります? 二つの心臓を持つ人のことをそう言うんですけど。僕はどこの占いに見てもらってもそう言われるんですよ。客観と主観、両方持ち合わせている」

「で、どうします?」、決断を迫る黒スリー。
「うーん、考えてみます」と女。
「ちょっとトイレ行きますね」、わざとらしく席を立つ黒スーツ。

しばし、男と女が談笑。黒スリーもどる。男が女の気持ちを代弁。「バーを持つとか、大きい夢よりは五万円の家賃をまかなえるような小さいことがやりたい」

黒スリーはそれに答えずに話題を転換。

「(女に向かって)たぶん25-35歳の間に結婚しますよね」、「僕、数字が好きなんですよ」とペンを取り出して、女の人生でこれからいくらお金がかかるかの計算を始めた。黒スーツの試算によると最低限1億4250万円必要らしい。

「自分は今、副社長として色んな人間を見て思うのは、育ちって出るな、と。どれだけ親から愛情を受けているか。お金に余裕がないと子供の育ちにも影響しますよ」

「欲がなくても、最低限以上の生活をしたいのであればお金は必要です」

「50歳になってカメラの販売は出来ないですよ」

黒スリー曰く、今はモノを売る時代ではなく、知識を売る時代。彼の会社の例だと子供にサッカーを月二万円で教えて四十数万円を売り上げている人。週末の料理教室で数十万売り上げている人。

「世の中は年収500万円以上と、1000万円以上に分かれている。中間層ってのがなくなってきている。今はピラミッドの中に収まって安定を得る時代ではなく、自分で安定を作り出す時代。終身雇用にも年金にも頼れない。僕は今、収入源は七つあって、どれかがなくなっても全然生きていける」

「就職活動は大学三年から四年の勝負。受験は高三の勝負。就職や受験と違って、ビジネスに階級はないんです。僕は普通のサラリーマンの3倍は稼いでます。勝つことに意味があるというよりも、自分の可能性を広げるのが面白い。月収100万とかもらったことないでしょ? ないですよね。もらったことないから、楽しさが分からないんです」

この場で女からイエスを引き出せないと悟った黒スリー。

「宿題を出します。欲を出す練習です。欲というかモチベーション。このままじゃいけないと、自分で思ってるでしょう?」と黒スリーが問いかけると、「それは長年、思ってます」と乗る女。 黒スリーは紙に何かを書き始めた。

「10個ずつ書いてください」

紙には

  • 人生でやりたいこと
  • やりたくないこと、嫌なこと
  • 欲しい物
  • 自分と言えば
  • 怒ったこと
  • 短所
  • 好きなこと

と項目が列挙してある。各項目について10個ずつ書かないといけないようだ。自己啓発セミナーみたいになってきた。

「えー? 就活以来だー」と圧倒される女に、「僕だったらすぐに書ける」と黒スリーが自分に当てはめて書き出して見本を見せる。「来週までの宿題」らしい。いつの間にか、来週も会うことが既成事実になっている。

女も特に断る素振りは見せず、「ちょうど一週間後」なら空いているということで、次の日にちを決めた。これで今日はお開き。

時間を見たら16:57だった。レシートによると私が入店したのは13時ちょうど。360円で4時間も居座っちゃって、許してにゃん。