2010年12月19日日曜日

大学時代までJEANS MATEで服を買っていた俺が、ヨウジとギャルソンを愛好するようになるまで。(5)

ファッションに疎いやつは、コレクション・ブランドの服を「高い服」程度にしか思っていない。その証拠に、彼らの口から「その服、いくら?」を超える質問を聞いたことがない。

その質問をされると、居心地が悪い。

分かり合えないことは分かり切っているからだ。だって、あっち側の人間ってのは、「たかが洋服がなんでそんなに高いんだよ」「もっと有効なお金の使い方があるだろ」なんて思っている。口には出さなくても、そう思っている。そう、初めてギャルソンの店に入って値段を知った当時の俺みたいにな。

一方、ファッションに理解があるやつは、値段より前に、デザインやブランド、買った店や場所なんかについて質問するね。

そこが、一般人と服オタクを分ける高い壁だ。一般人から服オタクに転身した経験のないやつは、その壁の存在にすら気付かない。だから彼らからしてみると、せっかく稼いだ給料を洋服ブランドに貢ぐなんて無駄遣いにも程があるわけで、お金以外の要因なんてそもそも頭にない。

2010年12月12日日曜日

大学時代までJEANS MATEで服を買っていた俺が、ヨウジとギャルソンを愛好するようになるまで。(4)

色んなブランドを組み合わせて自分のスタイルを作る。そんな優等生的な回答が、なぜ間違っているのか。

それは、コレクション・ブランドの服は、服であると同時に世界観だからだ。ブランドがショーで提示しているのは個々の服だけではなく、全体としてのコーディネートであり、もっと言えば、物語であり、トーンなんだな。

もし、全身のコーディネートを提案しているにも関わらず、部分を他のブランドと入れ替えてもコーディネートの完成度が落ちないのであれば、それは、そのブランドだけの世界観を構築できていないということだ。他のブランドと入れ替え可能な、汎用性の高い世界ということだ。

俺は(1)の最初に書いたように、ヨウジ・ヤマモトとコム・デ・ギャルソンが大好きだ。でも、この二つのブランドを混ぜようとは思わない。

「混ぜるな危険」なんだ。

ギャルソンとヨウジを混ぜるのは、俺にとっては『白雪姫』の中にミッキー・マウスが出てきたり、『ジャックと豆の木』の中に桃太郎が出てきたりするくらい、やってはいけないことだ。

2010年12月5日日曜日

大学時代までJEANS MATEで服を買っていた俺が、ヨウジとギャルソンを愛好するようになるまで。(3)

丸井系で一つ思い出した。

コム・サをはじめとしていくつかのブランドを展開しているファイブ・フォックスという会社は、販売員に課されるノルマがきつくて、洋服販売の世界では体育会系で有名らしい。

まず朝礼からして気合いが入ってるとか。「今日も売るぞー」みたいな感じなのかな?

もちろん、ファイブ・フォックス系のブランド以外でも、それこそコレクション・ブランドであっても、程度や制度の差こそあれ、ノルマが存在することに違いはない。

たとえばシャツを買おうとするとそれに合うTシャツなりパンツなりを強力に薦めてくるのは丸井系の店ではよくあることだが、店員たちからするとセット販売できるかどうかが自分の給料に響いてくるのかもな。だから、ある意味じゃ彼らはシステムの被害者でもある。

まあ、それでもうざいけどな。