2010年10月10日日曜日

日本におけるインド料理の「リアル」とは何か?

インド料理が大好きなあまり、インドに行ってしまった。私がインド料理をどれくらい好きかが、それで分かってもらえると思う。

しかし、インド料理が好きだというからには、インド料理が何なのかを知っている必要がある。「日本で私たちが好き(もしくは嫌い)だと言っているインド料理は、本物のインド料理なのか?」。これは対象を問わず、本場以外でそれを楽しむ人間が一度は向き合わざるを得ない種の問いだ。日本の真摯なラッパーたちが「HIP HOPとは何か」を神経質なまでに問い続けてきたように。

私の限られた経験から、日本にいる私たちが日本でインド料理を楽しむ上でインド料理の「リアル」をどう捉えればよいのか、今の考えを書いてみたいと思う。なお、「本物なんて存在しないのさ。あなたがインド料理と思ったものがインド料理なのさ、フッ」なんていう相対主義は、趣味ではないので捨てる。

もちろん、その土地に合ったカスタム化は、避けられないしある程度必要だと思う。でも、それはあくまで「リアル」という軸を意識した上でないといけない。

一口にリアルなインド料理といっても、三つのモデルがあり得ると思う。(ちなみに「一口」というのは料理にかけているわけではない。)

①インドの地元民が道端に鍋を出して作っている。裕福ではない地元民が食べにくる店。確実にハエがたかっている。

②主にインドで外国人観光客が訪れる、ちゃんとしたレストランで調理されている。そういうレストランは、単独の建物のときもあるし、中級以上のホテルに併設されてていることも多い。

③インドの家庭料理。私が今年二月の旅行で実際にインドの家庭にお邪魔していただいたカレーは、格別のおいしさだった。

日本にいる私たちがインド料理を楽しむ上で、まず知らなくてはいけないのが、①と②は、まったくの別物だということ。例えば①で肉にめぐり合う機会はほぼない。ベジタリアンばかり。主食もナンでなく、チャパティ。見た目もかなり素朴。(③に関しては一度経験しただけなので、私はよく分からない。)

こんな感じ。


②は肉や魚、鶏肉がメニューにある。主食はチャパティも頼めば出してもらえる場合があるけど、基本はナン。見た目豪勢。上の写真との落差を感じてほしい。



同じ「インド料理」という名称で括るのにためらうほど差はでかい。私は、①の地元型の「リアルな」インド料理はとても苦手だ。餌のように思えてくる。おいしいと思ったことはないし、完食できたためしはない。

(上記の三分類に加えて補足。地域によっても出てくる料理は異なる。日本人が一般に知っているのは北インド料理。上記分類も、北インド料理を前提にしている。)

日本のインド料理屋で「本格派」かどうかを判定する上では、②のリアルを基準にすべきである。というより、そうするしかない。なぜなら、①と③は、インドで生まれ育つか、インドに長期間住んでいないと理解できない。「日本にいる私たち」という立ち位置からは、距離が遠すぎるのだ。

もう一つの視点。例えば、私たちが日頃食べているすき家の250円牛丼と、高級なお寿司や天ぷら。どちらもリアルな日本の食文化だろうが、「日本代表」は 後者と言わざるを得ない。同様の理由で、②はインド以外の国から見てリアルなインド料理として認識されるべきなのだ。

だから、「こんなのはインドの貧しい庶民は食べてない」というのは、日本のインド料理を否定する理由としては筋違いだ。誤解しないでほしいが、もちろん①もリアルなインド料理だ。しかし、日本のインド料理屋にそれを求めてはいけない。それは、海外でおいしいしゃぶしゃぶを食べて「日本では普通の庶民はこんなぜいたくなしゃぶしゃぶは食べない。だからこれは本当の和食ではない」と説くのと同じだ。

日本のインド料理屋には、甘口でまろやかすぎる味付けや、コスト削減を最優先に考えたような手抜き店も多い。そういった店は、上記①~③のどれにも当てはまらない。だからリアルではない。(おいしいかおいしくないかは、別問題かもしれない。)

ちなみに私は南インドで名物のターリー(定食)を食べたことがあるが、まったくおいしいと感じず、少し食べて残してしまった。旅行に同行していた人と話した結果、結論は「あれは日本人にとってのご飯と佃煮と梅干と海苔みたいなノリ(海苔だけに)なんじゃないか」。たぶん小さい頃から慣れ親しんでいないと分からない味なんだ。①と③は、そういう奥深さがあるんだと思う。日本で生まれ育った私たちが、ちょっと旅行したくらいで軽々しく語れる領域ではない。

ちなみに、タンドリーチキンやナンは、②に属する。①や③ではまず出てこないはずだ。なぜなら、タンドールという器具がないと作れないからだ。

では、日本のインド料理屋のリアル・フェイクをどうやって見分けるのか? 私の経験上、下記三条件を満たす店を選べば、リアルな料理にたどり着ける可能性が高くなる。

(A)食べ放題や、ナン・ライスお代わり自由をやっていないこと。
食べ放題なんて、質を量でごまかしているだけだ。しかも、看板ではさも色んな料理が選べるように見せておきながら、実は数種類しか料理がないなんていうこともある。まあ、食べ放題は論外だけど、ナン・ライスお代わり自由の方なら、ランチに限っては許容範囲かもしれない。

(B)インド人がやっていること。
日本のインド料理屋は、予想外にネパール人がやっていることが多い。私がインドで現地民に聞いた話だと、「ネパールは中国とインドにはさまれているため、ネパール人は中華料理とインド料理の両方が分かる。だからかなり料理に関しては強い」とのこと。しかし、日本のインド料理屋に限って言えば、ネパール人がやっている店はなぜか味よりも低価格優先の店が多い。もちろん、味、価格、量のバランスがよく、総合的に満足度の高い店もある。それはそれで、悪くない。でも、「リアル」を求めるなら、インド人の店に入った方がよい。何でも安く手に入ると思わないことだ。(追記:立川の「フルバリ」というインド・ネパール料理屋は、ネパール人主体だが高品質のインド料理を出している。)

見分け方? 店員に「あなたインド人ですか?」と聞くのが一番。たとえば「ネパール人」と返事してきたら、「へえ、この店全員ネパールの方ですか?」と全体の構成も聞いておく。国籍混合もあり得るからだ。やはり厨房スタッフはインド人であってほしい。もちろん、インド人じゃないことが分かったからといって帰ってはいけない。ちゃんと注文して、食べよう。

(C)インド料理専門であること。
インド料理一筋。これ大事。ネパール料理はともかく(ネパール人がやっているのだから当然といえば当然)、オリエンタル・レストランとか称してトルコ料理まで統合している店まで見たことがある。もちろん、インド料理の出来は中途半端だった。

日本で生活している私たちには、①と③の土着的な「リアル」を理解するのは難しい。そして②のリアルに出会うためには、上記(A)~(C)のリトマス試験を通すのが、有効だと私は思う。