私のことをよく知る友人は、びっくりするかもしれない。
私のことをよく知らなくても、「大学時代までJEANS MATEで服を買っていた俺が、ヨウジとギャルソンを愛好するようになるまで。」を読んでくれた人なら驚くかもしれない。
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3年前の文章で書いてきたように、2005年に就職して以来、私のファッション・服への情熱は並々ならぬものがあった。人生の一つの軸だったと言っていい。
時間がたつにつれて熱意が徐々に冷めてきているのは感じてきたが、現在では明確に服ヲタクとしての自覚を失った。
あれだけ好きだったのに、なぜ? 煎じつめると、以下の三点だ。
理由1.あまりにもお金がかかり過ぎる。
理由2.いつまでたっても満たされない。
理由3.他の安価で楽しい娯楽を覚えた。
これらの理由が組み合わさることで、服ヲタからの卒業を決意するに至った。
理由1.あまりにもお金がかかり過ぎる。
私が働き始めてから服にどれだけのお金を費やしてきたのか、定かではない。500万円は下らないだろう。1000万円までは行っていないかもしれないが、その間のどこかだと思う。この金額を頭に浮かべる度に、その金額を貯金できていれば・・・という思いが頭をよぎる。
もし服に使っていなくても、他の何かに使っていただろう。お金の大切さをほとんど理解できていなかったからだ。
私はお金に関して無邪気すぎた。会社員という身分に慣れ過ぎて、給料が安定的に入り続けることが当然だと思っていた。むしろ自分がもらっている額は少ないと思っていた。給与明細の内訳もまともに理解していなかった。毎月、額面と手取りの額を見て少ないなとかちょっと多いなとか思っていた程度だった。健康保険料、住民税、年金などは何か引かれているなくらいの認識しかなかった。少し踏み外せば職がなくなり給料をもらえなくなる生活が来るとは想像も出来なかった。
職を失って、お金が生死に関わるほど大切だということが身に沁みた。収入がなくても前年度の収入に応じて請求される国民健康保険料に、住民税。国民年金の督促状。会社に勤めていた頃は何となく天引きされるのを横目にしていただけだった。一つ一つの請求書と向き合って、金額にげんなりして、初めて税金の重さを理解した。
服にどっぷりはまっていた頃は金銭感覚が麻痺していた。何せあの世界では、3万円のジーンズをお手頃ですよと言って勧めてくる。1万円のTシャツをちょっとした記念に買わせようとしてくる。そうやって何となく消える数万円が、境遇が変われば生活を続けられるかを左右することがある。それを分からずに、物欲に身を任せて貴重なお金を使ってしまうのは愚かなのだ。
最近、服が好きな友人たちと3人で飲んだ。私以外の2人は最近、結婚した。月の小遣いは2万円だと言っていた。月に2万円だと、年間に24万円、半年で12万円。服以外への出費をゼロにするという無理のある仮定でも、1シーズンに12万円しか使えない。12万円というとファッションの世界を知らない人は十分じゃないかと思うかもしれないが、すぐに吹き飛ぶ金額だ。服以外には1円も使わないのは不可能だから、実際にはもっと少なくなる。
そこまでして切り詰めて、毎シーズンのように服が欲しいだろうか。話した感じだと、彼らの服への出費は激減しそうだった。服をたくさん買っていた頃、私たちは消費者としての自己実現を楽しんでいた。いつまでもそこに留まっているのは幼稚なのだ。
理由2.いつまでたっても満たされない。
服を着ることには自己表現という一面も、たしかにあるかもしれない。だが、基本的にはファッションや服を楽しむのは消費であって、何かを生み出す行為ではない。デザイナーが作り出した世界や世の中の流行に、お客さんとして関わっているのだ。
あくまで消費者であって、ファッション・ヴィクティムだ。常に新しいのが欲しい。次が楽しみ。いつになっても、いくら使っても、終わりは来ない。その過程で、ブランドの売上に貢献するのを除けば、他の誰かを助けるわけではない。自分の欲求を満たしているだけ。でもずっと空腹なんだ。
『ビル・カニンガム&ニューヨーク』というドキュメンタリー映画で、ビル・カニンガムがこう言っていた。
「ファッションに否定的な声もある。『混乱を極め問題を抱えた社会で、ファッションが何の役に立つ? 事態は深刻だ』と。だが要するに、ファッションは鎧なんだ、日々を生き抜くための。手放せば文明を捨てたも同然だ、僕はそう思う」(訳の出典はhttp://eiga.com/extra/sasaki/3/)毎日を生きていくためにファッションや服が必要というのは、自分のことを振り返っても思い当たる。私にとって服とは仕事をする理由だった。好きな服を選ぶ喜び、身にまとったときの高揚感。安心感。それらを得るための給料だった。仕事のストレスや疲れの大部分は服が癒してくれた。
それをずっと続けるわけにはいかない。日々の強いストレスや不満を高いコストのかかる娯楽や趣味で解消するのは消耗戦である。疲れたときの栄養ドリンクのようなもので、一時しのぎにはなるかもしれないが、長期的には疲弊するばかりで、依存症になって、幸せにはなれない。
ファッションは素敵だ。その考えを捨て去るつもりはない。私のことも鎧として守ってくれたのに、いきなり手のひらを返してディスるつもりはない。
今さらユニクロや無印の服に移れるわけがない(下着や寝間着を除く)。今後、ヨウジ・ヤマモトやコム・デ・ギャルソンの店舗にいっさい足を運ばないわけではない。でも、頻度はだいぶ落ちるだろう。
ファッション業界は、産業である以上、常に新しい服を作って売りださないといけない。そうしないと事業が成り立たない。関係者が生活できない。ただ、一人ひとりの消費者がそれに合わせて新しいものを買い続ける必要はない。
理由3.他の安価で楽しい娯楽を覚えた。
服の金額よりもはるかに安い金額で楽しめる娯楽が、世の中にはあまりにも多い。
ハイキング。私の今の住処からだと、6,000円くらいあれば埼玉の小川町に行って、昼食を食べて、静かなハイキング・コースを歩いて季節を感じ、温泉で岩盤浴とロウリュ・サウナを堪能し、世界一うまいポーク・ソテーを食って、帰って来られる。
友人との歓談。数千円出せば、一緒にうまいものを食って、酒でも飲みながら話が出来る。
音楽。何十回と聴き返しても飽きず、期間を置いて聴き直しても新たな発見があるようなジャズの名盤がCDで一枚1,000円から1,500円で買える。
映画。名画座に行けば過去の名作が1,300円で2本、観賞できる。
本に関しては説明するまでもない。
喫茶店に入れば、数百円でおいしいコーヒーを飲みながら、好きな音楽を聴きながら好きな本を読める。
もちろん、お金をかけて初めて見える世界があるのはたしかだ。一流のサービスや製品。それは服ヲタク時代にたっぷり味わったからよく分かっている。でも日常的に高いお金をかけなくても生活を楽しむことは出来る。
今後、私はどういう服を着るのか
お金の大切さが身に沁みた。服をいくら買い続けても満たされないことに気付いた。他の安価な時間の楽しみ方を覚えた。今後の私が以前のような勢いで服にお金を注ぎ込むようになるとは考えにくい。では何を着るのか?
一つ言えるのは、アウトドアの服は重用していくだろうということだ。2011年にトルコに旅行した。3月で場所によってはマイナス15度とかだった。同行した旅慣れた友人の勧めで、防寒用の服をアウトドア用品店で買った。それ以来、アウトドア服の虜になっている。
店内を見ていると着丈が短くてフードがでかいマウンテンパーカがあった。店員さんによると、着丈が短いのはクライミング時に腰に道具を付けるため。フードがでかいのはヘルメットを装着した上にかぶるため。てっきりおしゃれのためかと思っていたが無駄のないデザインに感心した。
そのときに買ったTHE NORTH FACEのマウンテン・パーカ(シェル)が今でも重宝しまくっている。夏を除くすべての季節に使える。飛行機の中でも重宝する。空調で変に風がふいており、普通の服では防ぎきれないのだがこれを着用すれば快適。
ネック・ウォーマー。朝の寒さが苦ではなくなった。首回りの防寒という目的に対して無駄がないというか、マフラーをあざ笑うかのような最小限のデザインがいい。
メリノ・ウールの靴下。クッション性が高く履き心地がよい。保温性がありながら蒸れにくい。普通の靴下には戻れなさそうだ。
実用性、機能性と、無駄のないデザインに、納得できる価格。服の高級ブランドに比べれば、ブランド・イメージの幻想ではなく実際に役に立つ何かにお金を払っているのを実感できる。
もっとも、全身アウトドア服だと登山の格好そのものになってしまうので、他の服とうまく組み合わせる必要はある。THE NORTH FACEのシェルに、ジュンヤのeyeのパンツがよく合う。そういう感じで組み合わせていくのが自分のカジュアルな格好としては中心になっていくだろう。