2010年11月10日水曜日

道重さゆみはなぜぶれないのか? 戦略BASiCSを用いた分析

それにしても、道重さゆみさんのぶれなさ加減は異常である。

今日、仕事を終えた私はいつものようにモーニング娘。道重さゆみさんのブログをiPhoneで開いた。最新記事の題名は、「振り返り美人?♪」。ファンとのバスツアーにおける自身の髪型と髪飾りを自ら称賛し、あえて後姿の写真だけを載せて振り返った顔の可愛さまでも暗示させるという、大変興味深い内容であった。

http://gree.jp/michishige_sayumi/blog/entry/517361873

道重さんは、いつ見てもブログでこのように自分の可愛さを褒め称えている。2010年2月のブログ開設以来、ずーっとである。飽きる気配すらない。彼女のブログへの訪問者数は、初期ほどの勢いはないものの順調に増加し、現在では9200万件を超えている。この数字から判断するかぎり、見ている方も飽きていないのだろう。少なくとも私は飽きていない。私はため息まじりに心の中でつぶやいた。それにしても可愛さはもちろん、芸風も本当にぶれないな、と。

そこで、ふと思った。なぜ、さゆの芸風はぶれないのだろうか?

ブログを開く直前まで考えていたマーケティング理論が、その質問に答える恰好の道具になることに気付いた。

それは、戦略BASiCS(ベーシックス)。佐藤義典氏が考案した戦略フレームワークである。

私はマーケティングに関わる仕事を一切していないのにも関わらず、佐藤氏のご著作を今のところ5冊読破し、メルマガも一年以上に渡って欠かさず読んでいる。門外漢の私が夢中になってしまうくらい、佐藤氏のご著作やメルマガ、戦略BASiCSという考え方は面白い。

このフレームワークの特徴は、1.戦場、2.独自資源、3.強み・差別化、4.顧客、5.売り文句という、従来の戦略論では個別に論じられる五つの要素を統合している点である。詳しくは佐藤氏のご著作やメルマガをご覧いただきたいのだが、まずは下記URLをご参照いただきたい。

http://www.sandt.co.jp/basics.htm

上記URLで説明されているように、BASiCSとは下記五要素の頭文字である(iは語呂合わせ)。

Battlefield (戦場)
Asset (独自資源)
Strength (強み・差別化)
Customer (顧客)
Selling Message (売り文句)


この記事では、戦略BASiCSを用いて道重さゆみさんの芸風を分析することで、なぜ彼女の芸風はぶれないのか? という問いへの答えを出してみたいと思う。

私なりに理解しているBASiCSの簡単な解説を入れつつ、このフレームワークに道重さゆみを当てはめてみよう。

Battlefield (戦場)
戦場の定義は、意外と単純ではない。たとえばマクドナルドの戦場はどこだろうか? 反射的に思い浮かぶのが「ハンバーガー店」。よって強豪はロッテリア、モス・バーガー等。これはこれで一つの答え。しかし、これだけでは不十分なのだ。実は戦場は、顧客の頭の中に存在するのであって、売り手が一方的に決めることはできない。

たとえば、私は会社帰りにケンタッキー・フライド・チキンで本を読むことがある。食事は済ませてあるので、飲み物だけを注文する。なぜ喫茶店を使わないのか。それは、ケンタッキーではアイスティーのSサイズが170円で飲めるが、喫茶店に入ると一番安い飲み物でも300円くらいするからだ。つまりその状況においては「会社帰りにできるだけ安い値段で座って本が読める店」という戦場でケンタッキーは喫茶店と競合し、勝利を収めているのである。

だから道重さゆみさんの職業が「アイドル」だからといって、戦場の定義が「アイドル」だけでは済まないのだ。今、注目度という点において道重さんにとって一番の勝負の場所は「テレビのバラエティ番組」である。この戦場において、他のアイドルに限らずモデル、芸人、等々色んな職種の人々と戦っている。言うまでもなく、彼女には他にも色々と戦場がある。CDをリリースし、コンサートで歌って踊る「(アイドル)歌手」。ラジオ番組でしゃべる「トーク・ショー・ホスト」。等々。既存のファンにとってはこれらの戦場の方が重要かもしれない。そして2010/11/08の「今夜も☆うさちゃんピース」で話しているように、本人が最も「やりたい」ことは、しゃべりである。しかし、ここではあえて戦場をバラエティ番組に設定する。なぜならこの戦場こそが、道重さゆみさんをして成功を収めさせ、芸能人としての地位を真に確立させたからである。

Asset (独自資源)
独自資源とは、強み・差別化の源泉となる能力、経験等のことだ。戦場において競合が持っていない資源でなくてはならない。そうでなければ、差別化にはならないからだ。

独自資源と強みの見分け方:独自資源そのものは、表には見えない。表に見えるのが強み・差別化である。

道重さゆみさんの独自資源は何だろうか? 他のバラエティ出演者が持っていない(もしくは道重さゆみのレベルには至っていない)独自資源。それは、「アイドルは可愛くなくてはいけない」という、「アイドル哲学」だ。これは道重さんのアイドル活動すべての原動力の一つであると私は考える。

これは、もし戦場が「アイドル」であれば、必ずしも独自資源にはならない。なぜなら程度に差こそあれ、アイドルとして生き残っていくのであればある程度自分なりの(もしくは外から押し付けられた)アイドル哲学を身に付けなければならないからだ。

しかしながら、バラエティ番組という戦場においてはブリブリのアイドル哲学は稀少である。実は私はほとんどテレビを見ないのだが、おそらく他にあそこまで「自分が一番かわいい」というアイドル哲学を前面に出したキャラクターは、テレビのバラエティ番組という戦場においてほぼ皆無のはずだ。

Strength (強み・差別化)
芸能人にとってこの項目は、いわゆる「キャラ」ということになろう。たとえばテレビ番組における「おバカキャラ」は、他の出演者と比べておバカな言動をすることで自らの位置を確保している。

ここで極めて重要なのが、強み・差別化が、独自資源に裏付けられている必要があるという点である。たとえば、以前佐藤氏のメルマガで解説されていて感銘を受けた話がある。その大意は、以下のようなものであった:
従来、お弁当屋さんは格安弁当を売り出していた。しかし、昨今では大型スーパー・マーケットがその市場に参入し、安い弁当を販売するようになった。この勝負においては、お弁当屋さんには勝ち目がない。なぜなら、「安い」という強みを実現するための独自資源において、スーパー・マーケットの方が格段に有利だからである。つまり、スーパー・マーケットは支店網を利用した原材料の大量仕入れやセントラル・キッチンにおける弁当の大量生産によって費用の低減が図れる。一方、お弁当屋さんは小規模な店舗単位で調理しているためスーパー・マーケットのような規模の経済を利用した費用削減策を採用することができない。そこでお弁当屋さんはどういう手に出たか。それは、格安路線を捨て、手間暇をかけた高級弁当を売り出したのである。この戦場においては、小規模な店舗が逆に独自資源となり、スーパー・マーケットの追随を許さない高品質な弁当で差別化に成功したのだ。
つまり、強みとは「こうだったらいいな」という都合だけで決めても無意味であり、自分が持っている資源に支えられている点が不可欠なのだ。

道重さんには「毒舌」、「ナルシスト」、「ぶりっ子」といったキャラが確立している。彼女の芸風については下記の記事で具体例の提示や、より突っ込んだ分析を行っているので参照されたい。

「道重さゆみはHIP HOPである。」
http://s01454ks.blogspot.com/2010/10/hip-hop.html

この強み・差別化(キャラ)はバラエティ番組という戦場において、競合にはない「アイドル哲学」という独自資源に支えられているため、簡単には真似ができないのだ。表面上であれば、一時的にコピーはできるだろうが、長続きはしないのだ。

Customer (顧客)
顧客は、主にテレビのバラエティ番組の視聴者、プロデューサー、そして(同時に競合でもあるが)共演者になろう。

テレビ番組の視聴者は、CDを買ったりコンサートに足を運んだりラジオを聴いたりする層に比べ、幅は広いはずだ。バラエティ番組にチャネルを合わせ、テレビの前で笑っているのは「アイドルファン」とも「道重さゆみのファン」とも同義ではない。もちろん、バラエティ視聴者の中にはアイドルファンも、道重さゆみファンもいるだろうが、あくまでそれらは全体の中の要素に過ぎない。事実、twitterを見ているかぎり、「さゆは好きだけどテレビに出ている姿はそんなに好きじゃない」という旧来のファンも存在するようだ。顧客層の幅が広い以上、道重さゆみのことが嫌いな人やそもそも知らない人、興味のない人の割合が「(アイドル)歌手」戦場や「ラジオのトーク・ショー・ホスト」戦場よりも高いはずだ。

そして、私はテレビ番組制作の内情に詳しくないが、出演者の採用を決めるのがプロデューサーだとすると、仕事を獲得するためにはその人物の胸を射止めることが大事だろう。

最後に、バラエティ番組においては共演者同士でその場を盛り上げていくため、共演者に気に入られるかどうかで、どのような成果を出せるかが左右されるだろう。

Selling Message (売り文句)
「私はこの世で一番可愛い!」

顧客が旧来からの道重さゆみファンやモーニング娘。ファンが集うコンサートやラジオであれば、あえて極端な発言をする必要もないかもしれない。しかしバラエティ番組はそれに比べるとアウェーの環境であり、あえて挑発的な売り文句を付けて注目を集める必要がある。

そもそも彼女のことをよく知らない一般層やプロデューサー、共演者に興味を持ってもらうためには、反感を買うくらいの売り文句が不可欠なのだ。

戦略思考とは

BASiCSのフレームに当てはめると、道重さゆみの芸風は下記のようになる。

Battlefield (戦場):テレビのバラエティ番組
Asset (独自資源):アイドル哲学
Strength (強み・差別化):毒舌、ナルシスト、ぶりっ子
Customer (顧客):バラエティ視聴者、プロデューサー、共演者
Selling Message (売り文句):「私が世界で一番可愛い!」


こうやって分析してみて分かるのが、上記要素のどれか一つでも変わってしまえば、さゆみんの優位性は揺らぎかねないということだ。実は、彼女はテレビに一人で出始めた頃、くりぃむしちゅーの上田晋也氏司会のクイズ番組でおバカキャラを演じていた。しかし、その後おそらくは自らの判断で現在のキャラに舵を切り、成功を収めた。バラエティやクイズ番組において、おバカキャラは他にもいる。そして道重さんにはおバカキャラとして大成するだけの独自資源を持っていない(強いて言えばただ単に若くして芸能界に入ったため学業に強くないくらいだ)。よって、おバカキャラを仮に貫こうとしても長続きしたとは思えない。

戦場、独自資源、強み・差別化、顧客、売り文句といった各要素の一貫性がとれているからこそ、道重さゆみさんの芸風は長続きするのだ。

私は9月にある戦略思考に関するセミナーに参加したのだが、講師はこう言っていた。

「戦略思考とは、あるものでなんとかする思考。ないことに関して言う人には戦略思考がない。」

道重さゆみは、モーニング娘。という一種の歌手グループの一員であるにも関わらず、加入から現在に至るまで、常に音痴である。8月のディナー・ショーで歌い終わった際にも、血相を変えて駆け寄ってきた2人くらいのマネージャーに「すべての音を外している」と指摘されたという逸話を2010/9/25の「今夜も☆うさちゃんピース」で話していた。

減点方式で考えれば、「歌唱力が低い」という欠点を直すことが最優先のはずだ。しかし、もし道重さゆみが(本人もしくは事務所として)歌唱力の改善に資源を集中させ、トークやらバラエティ出演やらを控えていたらどうなっていたであろうか。おそらく、モーニング娘。内で一番ではないが「まあまあ」レベルの歌唱力を備えているものの、これといって特筆すべき活躍もしていないアイドルが出来上がったはずである。(いや、「まあまあ」レベルの歌唱力にも到達していなかったかもしれない・・・。)

道重さんは、自らの弱みである歌唱力を要する「歌手」「アイドル歌手」という戦場で一番になる道が断たれていることを自覚し、自らの「アイドル哲学」を独自資源、「毒舌」「ナルシスト」「ぶりっ子」を強みに設定できる「バラエティ番組」という戦場に飛び込んだからこそ視聴者やおそらくは番組制作者と共演者から認められ、ブレイクできたのだ。

「戦略とは捨てることである」というのは有名な言葉だ。

本人がどこまで計算しているのか分からないが、道重さんの安定した芸は、したたかかつ緻密な戦略思考なくては為し得ないのである。

道重さゆみ、恐るべし、である。